津鉾祭りの夜

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「そっか、良かったね。僕もさ、美夕が来るまでは自分の事でいっぱいで、周りに興味が無かったんだ。酷い話だけど、カズ君にもユッコにもさ。でも美夕がここに寝泊まりするようになって、美夕は不安じゃないかなとか、眠れないのかなとか気にするようになってさ。嘘だとしても、僕の顔を見ても不気味じゃないって言ってくれて、変わらずここで過ごしてくれて嬉しかったんだ」 「嘘じゃないよ。本当に、嘘じゃないの」    長い間ずっとこの痣に苦しめられてきたアッキーにとって「嘘じゃない」と言われても信じては貰えないだろう。 だけど、そう答えるしかなかった。ソーセージにかぶりついた私の顔を見たアッキーがくすりと笑う。 「美夕、ここにケチャップ付いてるよ」 残り半分のイチゴのかき氷を食べながら、私の口の端を指す。 「腕の傷。痕にならずに治りそうだね。良かった」 アッキーの優しい声が私の心にじわりと沁みる。 「ねぇ、もう美夕の住む場所に戻っても掻きむしっちゃ駄目だよ。痣がどうとかじゃなくてさ。色々あって、余計に不安な事があると掻いちゃうんだろうけど、美夕は独りじゃないよ。僕たちと離れた所に住んでいても、僕たちの事を忘れないでいてくれるなら、それはもう独りじゃないんだよ。ここでの生活があって、僕が美夕を大事だと思った事は事実なんだよ。離れても、美夕の事をそう思った人間がいる事は、事実なんだ」 「……大事?アッキーは私の事、大事だと思ってくれるの?」 私がそう言うとアッキーは慌てた様子で「あっ」と狼狽えた。 「大事、だよ。僕に色んなことを教えてくれたでしょ。色んな気持ちを教えてくれた、大事な友達……だよ」 足元のランプの灯りがゆらりと大きく揺らぐ。頭の上では、虹色の彩雲がかかる半月が私たちを見下ろしている。  コタロウには申し訳ないけど、私やっぱり帰りたくないな。   リーンリーンと鈴虫たちに混じって、ケロ、ケロロとカエルが静かに鳴いていた。
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