夏の終わりの花火

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【カズ】 煙草の煙が充満した居間で眠る親父のでかいいびきが二階にまで響いてくる。 部屋の時計は午後十時を指していた。 持っていた一番大きなリュックに着替えや食料、必要最低限の生活必需品を詰め込んで背負う。 あまり色々と持ち出しては、計画的にいなくなった事がばれてしまうからだ。 美沙子さん曰くは神隠しに遭ったことにするらしい。 まぁ、この村でいなくなれば真っ先に鬼にさらわれたと思われるだろうが、そこはそんなに重要な違いじゃない。 ただ、いなくなれば村の連中が森を探し回るかもしれない。 そうなったらまた逃げ回る生活になって、アッキーや美夕までも巻き込んでしまう。 ずしりと肩に重みが圧し掛かる。 不安、恐怖。精神的な重みまでもが加わっているかのようだった。 あの酔っぱらいの暴力親父から解放されるのは嬉しいが、果たして本当に上手くいくのだろうか。 俺を連れてあかね号に乗った日、母さんだけが死んだ。 それから病気の噂が出始め、俺の身体にたまたまあった痣のせいで親父の仕事にまで影響が出たものだから、怒りの矛先は全て俺に向けられ、毎日が地獄だった。 この地獄から抜け出せるんだ。そう自分に言い聞かせるように胸を二度、トントンと叩く。 「そろそろ出ねぇとな」 ユッコは上手く出て来られるだろうか。軋む階段を降り、建付けの悪い玄関ドアがガラガラと鳴る。 これだけしても親父は変わらずいびきをかいて、気持ちよさそうに眠っている。 何なら胸の辺りまでタンクトップを捲し上げ、ぼりぼりとたるんだ腹を掻いている。 あの腹に一発くらいお見舞いしたい気もするが、今は起こすわけにはいかない。 「じゃあな、親父」 誰にも聞こえないような声で言い残し、そっと扉を閉めた。涙は出ない。 晩夏の夜の空気は澄んでいて、見上げたそこには無数の星が瞬いていた。 人通りの無い真っ暗な道をぼんやり歩いていると、何かがつま先に当たって転がった。  なんだ?   側溝ギリギリの所に転がったそれを拾い上げる。 「これって……」
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