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【美夕】
二人が森にやって来たのは日付を跨いだ頃だった。
何事も無く来られたことには胸を撫で下ろしたが、それでも二人の表情は浮かない。
ユッコはベッドとなる座席に置いておいたタオルケットを膝に掛けて座ったまま、虫の声に耳を傾けていた。
もうすぐ八月も終わる。
秋が近付くにつれて、聞こえてくる自然の音色も涼し気で静かなものになった。
濁りの無い清々しい月明りが、あかね号に優しい光を落としていた。
「何してるの?」
私が声を掛ける前に、アッキーが怪訝な顔をして尋ねた。
さっきからカズ君があかね号の隅に置いていた荷物の箱を漁っているのだ。
やがて「あったあった」と嬉しそうに掲げたのは、津鉾祭りの射的でカズ君がとった花火だ。
「まさか今からやるつもり?」
「おう。行くぞー」
まだ誰も賛同していない。なのにカズ君は私たちの返事なんて聞く間も無く、さっさとバケツにマッチと蝋燭を突っ込み、あかね号を出て行ってしまった。
「こんな夜中に花火なんて、すげー悪い事してるみたいで興奮しねぇ?」
カズ君が蝋燭に火を点け、バケツに川の水を汲む。花火が入っている袋を豪快に破り、取りやすいように広げて並べた。
「はいユッコも。アッキーはどれが良い?美夕も好きなの取れよ。ほらほら、いまさら辛気臭い顔すんなって。もうここに来たからには腹括んねぇと。ユッコもいつまでもあんな生活続けてたって仕方ねーじゃん」
カズ君は、岩場に座っていたユッコに先端が黄緑色に着色された花火を差し出す。
「……うるさいわね。わかってるわよ」
カズ君から花火をふんだくったユッコはゆらゆらと夜風に揺れる蝋燭の火に花火を近づける。
シュボッ
勢いよく火花が吹き出す。緑色のバチバチと小さな花を四方に散らす綺麗な花火だ。
その光景を見つめるユッコの表情が、ふっと緩んだように見えた。
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