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「な、なんでこれを……」
「最後の日の夜、家を出て来る時に拾ったんだってさ。あの後の花火だとか火事だとかで渡しそびれちゃったって。彼、自分の大事な物をお父さんに捨てられたり馬鹿にされたりするから、いつもあの基地に置いてたんだよ。そんな自分の好きな事を美夕は認めてくれて、興味を持ってくれたのが嬉しかったって言ってたよ」
トワ子さんは私の前にしゃがみこんで、ビー玉の乗った手のひらに王冠も一緒に握らせる。今度は私のズボンの右ポケットに手を突っ込んで来た。
そこにあったのは、握ってくしゃくしゃになった淵ヶ瀬村行きの往復切符だ。
ただ以前よりすすで汚れて真っ黒になっている。
「これ、あんたが持ってたんだね」
「え?」
訳が分からないでいる私に、トワ子さんは更に言葉を続けた。
「わからない?三島トワ子なんて名乗ってるけど、私はあんたの良く知るユッコだよ。でもトワ子って呼んで。ユッコはもういないから」
ぽかんとする私をよそに、トワ子さんは遠慮なく話を続ける。
確かに、このベルネリッタの王冠は、カズ君が欲しいと言っていた物だ。
それをトワ子さんが持っている。
ユッコだからと考えれば辻褄も合う気もするが、次から次へと摩訶不思議な事が起きすぎて、もう一度気を失ってしまいそうな気分だ。
「アッキー……アッキーは?!」
トワ子さんは足元の廃線にそっと触れる。
よく見るとあちこちが焦げて、真っ黒になっていた。
トワ子さんの手のひらも黒く汚れている。
「炎が空高くまで燃え上がってね。あんな高さの木まで燃やしちゃった。もう何十年も前の話なのに、あの場所だけ今でも開いたままなのよ。何でかはわからないけれど。でも、あの頃よりも空がよく見える」
丸く不自然に木々が覆っていない部分を見上げたトワ子さんは嘆息する。
「アッキーは死んだよ、あの電車の中で。跡形もなく燃えちゃった」
あの状況では助からない。
わかってはいたけど、現実として受け止めきれない私は、胸の底からこみ上げてくるものを抑えようと必死だった。
「カズ君も、火傷が酷くて感染症まで起こしちゃってね。結構頑張ってたんだけど、アッキーの後を追うように亡くなったよ」
もう駄目だ。
そう思った瞬間、私の中にたまっていた涙が止めどなく溢れ出した。
声を上げて泣いていた。
カズ君がくれた王冠とアッキーがくれたビー玉を握り締めて。
しゃくり上げながら、まるで言葉になっていない叫びをあげながら。
名前を呼んでも、戻って来てと叫んでも、森には切ないヒグラシの鳴き声が響くだけの何も変わらない現実に嗚咽を漏らす。
そんな私に身体の側面をそっと押しあてるようにしてコタロウが座っていた。
地面に突っ伏して泣き続ける私の丸い背中を、トワ子さんはずっと優しく撫でてくれていた。
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