妖精たちの午後

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「ごめん、ホント疲れちゃったみたい、今日はアタシが先に寝るね」 「わかったわ、おやすみなさい」 「おやすみ」  目蓋がゆっくり閉じるとともに首は支えを失っていき、髪が草地に沈んでいきます。純粋な瞳は帳の内。彼女が望むのはもう闇だけです。ですがその体は次第に淡い光を放ち、ついには一つ二つと小さな光の玉となり風に解けはじめます。  ジニアはその一粒すら見ようとせず、唇を噛みしめ無理に口角をあげました。彼女が望むのは空に輝くアネモネたちの欠片です。  眠れる乙女の腹に穴が開き、内側に崩れるようにして広がっていきます。ともに地に咲くアネモネたちも、数えるように花弁を落とします。散るのもあと一枚となった頃、乙女の内の肉はすっかり解けて、晩春の弱風に運ばれました。その体はすでに空の棺桶です。墓標は花咲くこの地で、祈る者はジニアだけです。それは形ばかりの葬式でした。 「また、ね」  アネモネの身の空洞に風が吹き込み、そんな音が鳴りました。  ジニアは硬い微笑みを崩しました。驚いた顔で涙を流し、棺の美しい顔を拝みます。「またね」は、ほんのわずかな音でも忘れられないものでした。空耳か「また明日ね」と言おうとしたのか定かではありません。だとしても彼女はそこに確かなあの子の欠片を見つけました。かつて終わりに気づいたアネモネだけが口にした言葉です。 「また私を置いてくの?」  肩に触れようとしましたが、脆く崩れて星屑になってしまいます。腕も足も胸にも触れることができません。そして最後に残ったのは頭と握ったままの手でした。ジニアが頭と手を抱くと温もりはそのままでした。 「あなたの手が届いても、私の手は届かないのよ」  彼女は我が身の長命を嘆きつつ、爪の先が光になるまでそのままでいて、夜空に増えた星を数え沈むように眠りました。  ジニアはいつまでも何度でも名前に呪われ、今はなきアネモネを思いつづけます。オークの語りもあまり信じず、魂と星を疑い続け、終わりを迎えるのです。それでも彼女は小さな希望を持って生きます。もしかしたら、あの子に会っているかもしれないと思うのです。  そろそろ夏がやってきます。目が冴えアネモネの影を追うむなしい季節です。
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