妖精たちの午後

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「また会いましょう」 「ああ、いつでもいつまでもお前たちを歓迎する」  そうして若き者たちは手を振り木々の隙間に紛れていきました。消えるまで見送ったオークは、硬い指先で胸の彫刻をなぞります。 「我は何度でも最後まで見守ろう」  胸の傷はかつての花たちの思い出です。器用なアネモネはあっという間に彫り上げて、ジニアは細かく彫り始めたものの、面倒になり「疲れたわ」と放り出しました。それでも四季が一度巡るごとに一枚ずつ花弁は増えていきます。アネモネと生きた時を想い、その証拠を残すためです。また若き絆は、老木とジニアの絆でもあったのでした。 「『また会いましょう』か……」  信じていても心に揺らぐ影はあります。思い出は失われてしまうのです。戻って来たとして、自分のことは憶えていない、決して思い出さず運命をなぞるだけです。  オークの目から一滴だけ樹液がこぼれ落ちました。それは地に落ちると芽吹き、みるみる育って一輪の赤いジニアが花開きました。  その一雫ははじめのジニアへの献花でした。何度会えたとしても、オークの心に刻まれていたのは一番最初の「また会いましょう」だったのです。  日は傾き木々の闇も深みを増してきました。ジニアがアネモネの手を引き、散歩の終着点を目指します。そこは林でもっとも高い場所、星降る丘です。  あたりもすっかり暗くなり、わずかに見える月明りを目印に歩きます。ついに木々の群れを抜けたと思えば、二人はもう星空に包まれていました。青、赤、白、黄と色とりどりの輝きが月光に負けじと瞬きます。それでも月は力を示すよう、妖精たちの舞台を浮かび上がらせます。そこはアネモネの咲き誇る地でした。白、青、桃、赤と地上にも鮮やかな星空があったのです。  二人はその真ん中に寝転びました。それぞれ星を数えながら、しみじみ今日のことを語りだします。 「今日は楽しかった?」 「うん楽しかった! でもちょっと疲れちゃったなぁ」 「私も疲れたわ、最近体が思うように動かないのよ」 「そのわりにグイグイ引っ張ってさ、少し痛かったよ」 「ふふっ、ごめんなさい。だって『特別な日』だもの」 「でも強引なのも悪くなかったかも」 「喜んでもらえたのならよかったわ」  アネモネは首を傾けジニアを見ました。それを感じたジニアも目を合わせます。
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