まったりもふもふと暮らせたら。

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まったりもふもふと暮らせたら。

 白亜の壁に囲まれた広間の中央の椅子。  そこにおさまるのは金色のウエーブのかかったふわふわな髪。  可憐な唇。小ぶりな可愛い鼻。  右目は碧い瞳。左目は金緑、クリソベリルキャッツアイの瞳に長い睫毛が揺れる。  真っ白なキトンに包まれた少女だった。  彼女の瞳はどこか遠くをみているようで。  心をどこかに置いてきてしまった、そんな、感情をも無くしてしまったかのような表情に。  水晶球に映る様々な世界を眺めても、心ここに在らずのままで……。 「主様。主様。ほらほら、例の魔がちょっと多い世界ですけど順調に育ってますよ」 「ああ。人もだいぶんと増えましたねえ」 「この世界だと世界を統べる者のことを大魔王と呼ぶそうです。魔族が人族を保護していますね」 「そうなんですねぇ」 「ほらほら、こちらの世界は覚えてらっしゃいます? 主様が干渉して人の心から世界を御造りになった」 「ああ、そう言うこともありましたっけ」 「なんだかこの世界、当初と随分と趣が変わりましたね。随分といろいろ混ざってます。興味深いですね」 「ああ。そうですねえ」 「もう! 主様ったらずっと空返事なんですから!」 「そうですかねえ……」 「もう……」  全てが終わってもとに戻ったはずだった。  そう思っていたのに。  デートリンネはかぶりをふって。 「そんなに気になるのでしたら多重存在でお行きになれば宜しいのですよ!」  以前のように抜け殻を残すのではなく。  そう最後に小声で付け足した。  ここに居て欲しい。  居なくなって悲しい思いをするのはもうこりごり。  そうは思うものの、こんな状態の心ここに在らずではどうしようもなくて。 「行っても、良いのですか?」  そう、頬を上気させて話す主様。  デートリンネには、この可憐なお顔を曇らすようなことは出来なくて。 「主様なら、ここにもそこにも在ることが可能でしょう? もともとそうして頂ければよかったのですよ? のめり込んでさえしまわなければよかったのです」 「本当に? 良いのですね? ありがとうリンネ。大好きですよ!」  デートリンネに抱きついて大仰に喜びをあらわにする彼女。  ああ。やっぱりお変りになられたな、と。  でも、こんな貴女が前にも増して大好きですよ、と。  そう呟いて。  デートリンネは彼方のそらを見上げたのだった。   ☆☆☆  あの世界に帰ることが出来る。  それはあたしにとってとても嬉しいことで。  外からの接触に備えてここに居なければ、って義務感と。  あたしの中の時間としてはほんの一瞬に過ぎないあのしあわせな日々を秤にかけ、諦めかけていたけれど。  それでもどうしても諦める事が出来なくって。  思い出すだけで悲しかった。ずっと。  会いたいよレイア。  恋しいよノワール。  ずっとずっとそう思ってた。  でも。  多重存在、か。  ここにいるわたくしと、あの世界に戻るあたし。  それを両立すればいいのか。  うん。そうだよね!  多重存在って言っても常に両方の意識が繋がっている訳ではないのだけど。  繋ごうと思えば繋がる。そうして適度に意識の交感をしながら同一性を保つのだ。  だって、完全に別れてしまったらそれはあたしとあたしの分身である存在との関係と、どう違うのか。  デートリンネとあたし。  わたくしとあたし。  わかれてしまえばそれは別の存在になってしまうのだから。  そんな事をつらつらと考えながらあたしは急いだ。  最初は一瞬で転移しようと思ったのだけれど、ダメだった。  時間が経ってしまい座標がズレている。  そのまま跳ぶことは叶わなかったのだ。  だから。  キオクにあるつながりを求めて飛ぶ。  レイアの中に残してきたあたしのカケラ。  その魔力紋を探して。  幾つもの世界を経由して。  幾つもの空間を飛び越えて。  あたしは飛んだ。  レイア、ノワ、あたし、帰れるよ。  嬉しくて。はしゃぎたくなってしまうのを抑え。  あたしはそのまま宙を滑るように移動して行ったのだった。  やがて見覚えのある光の壁が見えた。  ここだ!  間違いない!  あたしはそこに躊躇せずに飛び込んだ。  この光の向こうに目的地がある。  そう確信して。  ☆☆☆  辿り着いたのはミーシャのナカだった。  あは。あたし、ねこ、だ!  なんだか久しぶりの猫の身体。目の前にはぐっすりと眠っているレイア。  かわいい寝顔。  懐かしい。  レイアの心の中を覗いてみると随分育っているマナ。うん。この調子ならそろそろ大丈夫かなぁ。  まだ少しだけあたしのカケラが残っているけれど、でも。  こうしてミーシャをずっと顕現させていても大丈夫なくらいにはもう充分心が強くなっている。  あたしは、そっと彼女のほおに頭を擦り付け。  レイア、ちょっと行ってくるね。  そう心で語りかけて。  窓からそっと抜け出した。  そして、そのまま空を飛んで。  ああ。今日は綺麗な猫の月。  会いたいよ、ノワ。  ノワール。どこ?  あたしは飛んだ。  ノワールの魔力紋を探って。  その匂いを探って飛んだ。  うん。わかるよノワ。  ああ、こんなに魔力を発散させて。  あたしは飛んだ。  近い!  うん。森の向こうの平原?  すすき野原、あそこ!  あは、ノワだ!  ノワの魔力紋だ間違いない!  帰ってきたよ。ノワール!  あたし、帰ってきたの!  ノワだと思ってすすき野原に飛び込んだらそこにいたのは真っ黒な猫?  あれれ?  なんで? 「ミーシャ? どうしてここに?」  と、その猫。  って、じゃぁやっぱり? 「って、なんでノワ猫になってるの?」  あたしは思わずそう叫んでて。 「君が、ねえさんが猫なら俺も猫になる。そう思ったんだ」  その子、その黒い子ノワールは、そうちょっと恥ずかしそうに言った。 「ばかね。ほんとばかなんだから」  あたしは泣きたくなるのを抑えて。  でも。  嬉しい。ありがとねノワ。  って、ノワ、自分の事俺って言うようになった?  あたしはノワのほおに頭を擦り付け。  にゃぁ。  って、鳴いた。  ノワもあたしの身体に頭をつけて。 「おかえり」  と、そう。  二人、ううん。二匹でそのまますすきの隙間を歩く。  雲間から月が覗き、ノワの瞳がきらりと光る。  ふふ。  あたしは身体をノワにくっつけて。  ノワもあたしの身体に自分の身体を擦り付けながら。  もふもふとしながら歩く。 「ねえ。ねこも、悪くないでしょう?」 「うん。君と一緒なら」  あたしは、しあわせだ。  このまま、まったりもふもふと暮らせたら。本当に嬉しいな。  そう思いながらノワールの鼻にあたしの鼻をくっつけた。          Fin
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