不思議なキオクの断片。

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不思議なキオクの断片。

 それはただまあるくあった。  遥か以前からただただまあるくそこに在った。  時というものが変化のあらわれであるのなら、そこにはまだ時はなかった。  空間というものが物質が存在する場であるのなら、そこには空間がなかった。  いつしかそこにエネルギーの場があふれ、その歪みが質量となった。  質量はまた別の歪みを産み、その歪みが波になり、変化が時となった。  すべては一瞬の様であり、永遠の様であった。  時が幾億千とすぎるうち、質量は世界を創った。  世界は多岐に亘る生命を創った。  それ、は、いつしかオノレがそこに在ることを悟り、  まわりの場がなにであるか悟り、  オノレが何であるかを思考しはじめ、  そしてそこに、意志、が産まれた。  ☆  それ、は、次第に大きくなった。  大きくなった分、薄くなり、周囲に溶け込んで。  そして、辺り一面が、それ、に、なった。  時と宙とがそれと区別がつかなくなると、それ、は、空間に内在するエネルギーそのものとなった。  それ、は、そこに、在った。  ただ、ただ、そこに、在り続けた。  ☆  また世界が一つうまれました。  デートリンネが耳元でそう囁く。  創世の魔法により産み出される世界がまた一つ、「この内なる世界」を埋めていく。  まだ、たりないのですね。  わたくしはそう、物憂げに呟いてみせる。  永遠、は、「この内なる世界」の理の一つではあるが、しかしそれは万能では無い。  全てを記録し全てを把握することは、わたくしにとっても容易い事ではないのだから。  しかしまた、それを欲するわたくしの欲望もまた、真実なのである。  きっかけはなんだったのか、それはもうはるか昔の事で思い出すこともできません。  只々新しい「おはなし」が欲しかったのです。  なろう、と、いう想いだけがそこに存在したのだ、と、そう認識して。  ご自分で産み出そうなどと思わなければ良かったのですよ。  只々与えられるものに満足していればよかったのではありませんか。  いや、「この内なる世界」を満たして行く無数の世界のおはなしは確かにわたくしの心をも満たしてくれています。  それでも、  それだけではない、自分で産み出す物もどうしても必要だったのです。  デートリンネはため息をつき、わたくしに見えるように軽く頭を振りました。  世界はまた一つ、わたくしのしあわせを生み出していくでしょう。  ☆  デートリンネ。あなた、人間一人に干渉しすぎじゃない?  そうそう。あんまり干渉しすぎても良くないよ。  しょうがないじゃない。これが彼の方の希望なのですもの。  世界なんてほかっておいても勝手に増えるじゃない。  消えても消えても増える泡の様なものなのに。  ほら、このあいだなんか人の悪意が集まって世界一つ消したでしょう、人なんてそんなものなのに。  だから、観ているだけでは我慢できなくなったんでしょうね。  ご自分で創世の魔法に干渉したいそうなのですよ。  彼の方の考えることはわかりませんね。  わたくしたちとは違いますから。  そんな会話が聞こえる。  なに?  何なのこのキオク。  あたしの中奥底から響いてくるこの不思議なキオクの断片。  ああ。あたしは……。
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