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「――要するにだ。陽平は無様に振られたってことだろう。春崎に」  坂本が言った。  高校生活二回目の文化祭最終日、放課後。  秋雨が降っていた。  俺らは傘をさしながら下校している。 「ちげーよ、少なくとも無様ではなかった」  俺は言い返した。 「じゃあどうだったんだよ?」 「…………『ああ、うん全然大丈夫! 気にしないで!』……ってこんな感じの笑顔で」  それに日向の返答もろくに聞かず逃げてしまった。 「はぁ」坂本がため息をつく。 「だめだったか?」 「ゼロ点だな。その病気はいつになったら治るんだよ。なんつーのかなー……。無駄に気を遣うっていうか、感情を素直に出さないっていうか、自分に嘘をつくっていうか? 振られたときに笑顔でどうするんだよ。まったく」  それは俺だってひしひしと感じていたさ。  十七年間も生きていれば自分の悪い癖くらいわかっているとも。  でもそれを改善できないから高校生をやっているわけであって、つまりだな。 「はいはい。ついでにその言い訳がましいのも直しとけよ。……ま、たしかに春崎はいいよな。春崎日向。特にあの笑顔」と、坂本が急に譲歩してくる。「――たしか入学式で初対面のヤツに『で、その笑顔のお面はどこで買ったの?』とか、からかわれていたこともあったよなぁ」 「そうだろそうだろ」俺は同意した。 「告白に踏み切ったのは評価してやる。でもま、振られちゃ意味がない」  それもごもっとも。  俺だってなかったことにしたいさ。 「なに? まさか後悔しているのか?」 「好きな女に振られて後悔しないやつがいたらここに連れてきてほしいね」  そいつはきっと腕が十六本くらいあってダイアモンドより硬い甲羅がついていて、秒速三十万キロで走るようなやつに違いない。 「やっぱり全然大丈夫じゃねーんじゃんかよ」  そりゃあそうだよ。  日向とは幼馴染で、つまり何年間ずっと好きだったと思っているんだ。  やらないで後悔するより云々は嘘だ。そんなことを言うのは本当にやらなかった臆病者だけなのだ。  勇猛果敢な俺はこう言うね。  やっぱりやらなきゃ良かった! と。 「なんだよそれ」 「なら坂本も告白のひとつでもしてみろ。俺が慰めてやるから」  と俺が言って、ふいに坂本が完全に沈黙した。  傘を打ちつける雨の音が妙に強くなった気がした。  傘をずらし坂本のほうを覗き見る。 「――おい、坂本。どうしたんだよ?」 「……いや、なんでもねーよ」    なんだよ。  まさか……、坂本って俺のこと好きだったの?  悪いが坂本、俺は日向が好きなんだ。 「――まあとにかく」坂本が言った。「多少辛くても前を向くしかないんじゃねーか? なぁ、どうよ。せっかくだからお参りしていこうぜ」 「お参り?」と俺が訊くと、 「陽平が振られた記念」  坂本が右の方を顎でしゃくった。  残業しまくったサラリーマンよりもくたびれた寺がそこにあった。  なんだっけなこの寺の名前。  ご利益があるかも怪しい。  坂本が寺の中に進む。  慌てて後を追った。 「なあ陽平。ここって龍神様を祀っているんだ。それでなぁ龍神ってのは、なんか雨に関係するらしい」  賽銭箱の後ろにはたしかに龍の彫刻があった。 「……なんかって、ざっくりすぎないか? それに俺が振られたことと関係ないし」 「こんな忌々しい雨も吹き飛ばして、なにもかも忘れさせてくれるかもしれないぞ?」  ふん、そういうものかね。  それでも俺はブレザーのポケットからありったけの小銭を鷲掴みにするとそれをアンダースローしてガラガラを鳴らした。  坂本に従ったわけではない。寺の作法に則っただけだ。  坂本も同じことをした。  何を祈ったかは皆目見当がつかん。  しかし坂本のことだ。どうせ『あーしたてんきになぁれ!』くらいのものだろう。 「じゃあいくか」坂本が言って、 「ん」俺が頷いた。  そのあと男子高校生らしい取り留めのない話をしつつ、時折振られたときの日向の戸惑った表情を思い浮かべそれに対して嘘丸出しの笑顔を見せてしまった自分に嫌悪しながら、降りしきる雨のなかを帰った。  いつもより早くベッドに入ってから俺は、それでもひとりで帰るよりは随分マシだったなとふと思った。  認めたくないが坂本でも役に立つことがあるもんだ。  そういうふうに俺は眠りについた。  起きたらまさか同じ日を繰り返すことになるとは夢にも思わなかったのだが。
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