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結局、私がカーラに頼んだ言伝といえば、この庭園が好きです、という簡潔なものでした。
本当はもっと伝えたいことがあるはずなのに、カーラが正確にシメオンさんの耳に届けてくれるだろうことを思うと、急にじわじわと恥ずかしくなってきて、そのため心の奥までさらけだすことができませんでした。
それから幾日かが過ぎて、突然、カーラが花束を持って部屋にやってきました。
「カーラ、どうしたのですか、そのバラの花……」
「こちらはシメオンさんから、フィオナお嬢様への贈り物でございます」
「綺麗な紅色……それに、とてもいい香り。さっそく、お部屋に飾ります」
「はい。花瓶のご用意をいたします」
「……あ!」
「どうされたのですか?」
「あ、いいえ。あの……私、自分でやります」
驚いたカーラをしどろもどろに説得し、一人になった部屋で花束を抱えたまま、ある個所をじっと見つめました。
私はその豊かな花弁に巧みに隠されている、小さくたたまれた紙に気がついたのです。
私の心音はいままで感じたことのないほど、駆け足になっていました。
かすかに震える手で、そっと、紙を広げてみました。
"フィオナ様へ。
今朝咲いたこの7本のバラは、まるで自分の心を表しているようです。
この花束を、あなたに贈ります。
シメオン"
最後まで読むと、最初から読み直すというのを何度も繰り返しました。
シメオンさんからの初めてのメッセージが嬉しくて、頬が緩むことをとても抑えることなどできず、舞い上がっていてなかなかその言葉の意味まで頭が回らなかったのですが、そのうち私は疑問を感じたのです。
"自分の心を表している"
それの意味することとはなんだろう、と室内をうろうろしながら考えていると、ふと本棚に並んだ花図鑑が目に入りました。
"7本のバラ"
それがとても重要なキーワードとなっているような気がしました。
私は目次からバラを探し当てて、ぱらぱらとページをめくっていきました。
目当ての項目を見つけて内容に目を通したとき、かっと頬が熱くなり脳が揺れるような感覚がして、思わず、窓辺に駆け寄って見渡せるかぎりの庭園の中からシメオンさんの姿を捜しました。
しかし今日にかぎって、その姿を見つけることができません。
私は落胆する気持ちを、かぐわしいバラの香りで取り払いながら、花束を抱きしめました。
少しでも、シメオンさんの近くに行きたいと願いながら、私は窓を開けました。
解放感のある大きな窓に寄り添うように立って、ため息混じりに視線を落とすと、窓の下、今までは死角になって見えなかった位置で芝生の手入れをしているシメオンさんを発見しました。
私は驚きと嬉しさから、思わず名前を呼んでしまいました。
そのときの私には、お父様がお許しにならないことだという考えなど、いっさい抜け落ちていて、呼びかけに気がついて顔を上げたシメオンさんと視線が交わったことが、ただただ心を震わせていたのです。
シメオンさんは黄金色の瞳を大きく見開いて驚いている様子でしたが、私が両手で大事に抱えた花束を見ると微笑みを浮かべてくれたので、さらに心をかき立てられた私は、満面の笑みで応えました。
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