青い花

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──なーんてね。 バラの花束を抱えた客を見送って、雪乃は大きく背伸びをした。 (ほーんと楽勝。あんなので騙されてくれるなんて) 花を見つめるだけで、言葉が浮かんでくる── そんな現象、あるわけがない。実際に起きたらただのオカルトだ。 (なのに、なーんで騙されちゃうんだろう) ちなみに罪悪感はない。 嘘は嘘だとバレないかぎり、嘘にはなり得ないからだ。 (まあ、さっきの男の人は悪い人じゃなかったっぽいし) おそらくどんな花束を持ち帰っても、奥さんは彼を許してくれるだろう。 接しているときの雰囲気で、そのあたりのことは何となくわかる。 これでも花屋での勤務歴10年だ。 ただ、もちろん百発百中とはいかない。 うまくいかなくて、後日苦情を持ち込まれたことも何度かある。 ただ、それならそれでやりようがあるのだ。 たとえば、こんなふうに── いらっしゃいませ。 ああ、先日はどうも。告白はいかがでしたか? ──うまくいかなかった? そうですか……それは…… 力が足りなかったようで申し訳ありません。 ただ…… ああ、いえ……その…… ……申し上げてもよろしいでしょうか。もしかしたら気を悪くなさるかもしれませんが…… このたび、お花を贈ったお相手よりも、なんと言いますか…… お客様にはふさわしい女性がいらっしゃると言いますか…… いえ、私ではなく…… あの、あなたの足元にあるチューリップがそう主張しているのです。 ちなみに、彼女の花言葉は「新しい愛」でして、彼女いわく あなたには、もっと素晴らしいお相手がいるはずだ。 ですから、花も本来の力を発揮できなかったのだ──と。 ええ、そうです。花は、本当にふさわしいお相手を前にしたときにこそ、最大限の力を発揮できるのです。 そのようなお相手に心あたりはございませんか? もし、いらっしゃるようでしたら、今回は特別に「サービス」いたしますが…… そう、この「サービス」がキモだ。 たったそれだけで、客の9割は機嫌を直してくれるのだ。 それどころか、うまくいけばリピーターになる。 まさに「ピンチはチャンス」というわけだ。 では、残りの1割はどうか? 雪乃の経験上、まさに火に油を注いだ状態になる。 激怒、激怒、大激怒。 下手をすれば、軒先で土下座をさせられることになりかねない。 ただ、最近はそうした客はほとんどいない。 なぜなら、そうなる可能性の高い客には、絶対にこのオプションを進めないからだ。たとえ相手が希望してきても、うまく説得して回避する。 つまり、このサービスは客の見極めが大事。 そこさえ失敗しなければ、うまくいくはず── ──なのだが。
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