第三話 金髪男

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「で、何でこうなった……。」 「…そんなの俺が知るか。」 向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてくるのと対象に俺達はゆっくりと回転しながら重い空気を垂れ流していた。 先程、三人乗りのティーカップのアトラクションになる事になった俺達はペアに別れることにした。そして、決め方は公平にグッパーで。結果は言わずもがな、俺達は最悪なペアを引き当ててしまったのである。 沈黙に包まれる重い空気の中、周りからは愉快な音楽と楽しそうな笑い声が聞こえてくる。誰もハンドルを握っていないこのティーカップはノロノロと回転を続けている。 「…なぁ。」 聞き取れるか聞き取れないかそれくらいの音量だった。俺は仁山の方を見た。仁山はこちらには目を向けず、頬着いたままティーカップの外を見ていた。 「何で協力するなんて言ったんだよ。」 「俺が柊の言葉を信じる為だ。」 「柊?あぁ…あの王子サマか。」 「仁山としても好都合な筈だ。何がそんなに嫌なんだ。」 「…そりゃぁ、あいつの好きな奴がお前みたいなやつだからな。」 馬鹿にするように、呆れたように、吐き捨てる様にそう言った。そして、やっとこちらをじろりと見た。敵対心と警戒心が解けない、そんな目だった。 「こっちからも質問していいか?」 返事は無い。勝手にしろという事だろうか。 「俺はお前とは会ったことは無い筈だが、何故そこまで毛嫌いする?言い方的に雰囲気とかそういう問題じゃないんだろ?」 彼はあー…と声を間延びさせ、暫くしてから言葉を発した。 「噂だよ。お前にはろくな噂がねぇ。そんな奴を彼奴が好きなんて嫌に決まってんだろ。」 「ウワサ…」 どんなものなのだろうと、思考していたら仁山から溜め息が聞こえた。 「…お前ほんと表情変わらないのな。」 「そうか?」 「もう少し怒ったり、傷付いたりするだろ、普通。」 生憎そんな感情は持ち合わせていない、と言えば嘘になるのかもしれないが、そういう感情は面倒くさいのだ。気を遣うし、疲れる。感じたくもないし、考えたくも無い。みんなストレスと真剣に向き合い過ぎなのだ。他人にどう思われようが、言われようが、俺には関係無いのだから。 「…お前が、俺を毛嫌いする理由が分かっただけで十分だ。」 「変な奴。」 軽蔑する様に言い捨てると、仁山はまた、外を眺め始めた。その視線は何処か優しくて、その先を見ると、矢張り猪塚が居た。 「あ〜、楽しかった!」 猪塚が満足気に笑みを浮かべながら、明るい声色でそう言った。相変わらず、仁山は猪塚の後ろにぺったりで、柊もいつの間にか俺の横に立っていた。 そこでふと、柊の顔を見ると、彼の顔が曇りが掛かっている事に気付いた。どうしたんだ?そう問いかけようとした瞬間、良く通る明るい猪塚の声が俺の行動を止めた。 「じゃ、次どこ行こっか。」 猪塚は敷地内の地図を広げて、俺達に突き出した。俺は、仕方無く、そちらの方に目をやった。 ティーカップの周りにはまだ幾つかのアトラクションが点在していた。ジェットコースター、観覧車、メリーゴーランドなどなど。俺としては特に惹かれる物はなかった。 「俺、ジェットコースター乗りたいなぁ。」 猪塚が地図に向かって目を細める。これは、俺の勘違いなのかもしれないが、その表情がやけに俺には作業的に、機械的に見えてしまった。まるで演技でもしているようだと。ただ、その違和感を抜かせば、猪塚はわくわくとした表情でジェットコースターに乗りたそうにしていた。 そこで、ふと顔を上げた時に、突然サーっと青くなった奴がいた。仁山だ。まさかのこいつが、と思うかもしれないが、猪塚の「ジェットコースター」という言葉に反応して、顔を青くしたのだ。 「猪塚、違うのに…「じゃあ、俺と勇は動物園の方に行ってくるね。」 俺が発した言葉に柊が態とらしく声を被せてきた。そして、素早く俺の手をとると、「じゃーね。」と形式だけの挨拶をして、二人から離れていく。 「柊。おい。」 「ちょっと待ってね、勇。」 「仁山は…」 「知ってる。言ったでしょ。俺はソトの世界から来たんだって。」 「だが…」 暫く進んだところで、柊の足は漸く止まった。そして、こちらを見た。そこにいつもの笑みは無く、不安そうな視線が俺を突き刺した。 「勇。分かってるよね。仁山君は猪塚君のことが好き。俺達があの場を離れれば、きっと上手くいく、筈なんだよ。」 上手くいく、そう柊は言うが、その声も何だか自信がなく、そうだと信じたいのだと、彼の目が訴える。 「勇はもう少し危機感を持った方が良いよ。猪塚君と関わっていい事なんてない。」 さ、行くよ。そう言われてまた手を引かれた。少し力を入れれば簡単にその手は振り解けてしまえる程で、俺はそんな柊の背中を見詰め続けた。
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