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「さて。勇は何見たい?」
暫く歩き続けた後、柊がいきなり足を止めると笑顔でこちらを向いた。俺は柊を胡乱気な目で見つめる。
「…何でもいい。」
「え、俺とならどこへでもって?」
「言ってない。」
そう返すと、柊は嬉しそうに声を出して笑い出す。何が面白いのかはさっぱりだ。さっきの柊とはまるで別人の様に快活に笑う。
笑い切った柊がはぁーっと息を吐いた後、鞄から地図を取り出した。因みに、先程見ていた地図は猪塚が持ったままだったので、柊は元から二部取っておいたということだ。本当に抜かりないやつである。
「勇、絶叫系乗っても真顔そうだよね。…あ、ここの近く、狐が見れるみたい。行ってみよっか。」
「……。」
ポツリと零した言葉を置いて、斜め左を指さした。さっきから笑ったり、ちぐはぐに物を言ったり、忙しそうにしている柊が無理をしていることなど他の人が見ても一見にして分かってしまう。いつもの笑顔のポーカーフェイスの柊はここにはいない。
「柊。あそこに座ろう。」
俺は目の先にあったベンチを指差した。古い板を固定してある緑の金属部分が所々錆びれている。柊は無言で俺の後を付いてきた。
座ると空がよく見えた。晴れ晴れとした良い天気で所々に小さな雲が漂っている。気温は暑くもなく、涼しくも無く。時々吹き抜ける風はジメッとしていて、そういえば、来週からは雨マークが続いていたと、俺の記憶を想起させる。
「…ごめん。」
暫くの沈黙の後、柊が小さく呟いた。俯いているせいで彼の顔はよく見えなかった。少なくとも笑みは浮かべていないだろう。
「俺も、悪かった。相談もせず、猪塚の誘いにのった。」
どこかで幼い子供の泣き声が聞こえた。空を見ると、遠くで赤い風船が上へ上へと上昇していた。青い空には赤の風船は目立ち過ぎていた。
「…気が気じゃなかった。勇は人に興味が無いから、猪塚君と引き剥がすなんて簡単だと思ってたから。だから…」
柊が話しながら両手で顔を覆ったせいで言葉の初め以降がよく聞き取れなかった。聞き返すことはしなかった。
「運命は変えられないのかな…。」
ぽそりと呟かれた言葉は今にも消えていってしまいそうな声色で、髪の隙間から見えた柊の瞳の奥は何かに侵食されていくように暗かった。
「…柊の言う運命が何なのか俺には分からない。俺は俺の意思で動いている。…柊が望むなら、俺は猪塚に今後一切関わらない。」
猪塚には興味が無い。知りたいのは柊が今こうなっている、この状況に陥らせている理由、原因だ。猪塚がそれに近いのなら、というただの好奇心だ。名残惜しいも、離れたくないだの、そんな感情は彼には抱かない。
「勇は、猪塚と俺だったら、俺を取ってくれるんだね。」
「柊の方が付き合いが長い。」
「そこは俺の方が大切だって言ってよ。」
あーあ、そう言って柊が空を仰いだ。口元には笑みが浮かんでいて、表情はどこか清々しさを感じた。
「なんか気抜けちゃった。」
そう言って小さく笑った。柊の言葉に、何でだ?そう問い返してみた。
「勇が変わらないからかな。」
柊は目を細めた。穏やかな表情に合わせて、優しい風が通り過ぎる。さてと、それに合わせて彼はベンチから腰を上げた。
「さっきの話だけどさ、勇が猪塚に関わりたいなら、それでもいいよ。」
「急にどうしたんだ。」
「言ったでしょ。『気が抜けた』んだって。余裕できたの。今は特に困って無いみたいだし。癪だけど、勇とこういう所に来れたのも猪塚君のお陰だしね。」
いつもの様に彼が笑う。座っていると空がよく見えた。笑顔の彼の背景には青空が良く似合う。
「さーて、どこから回ろっか。」
「どこでもいい。」
「勇はそればっかだね。」
「柊となら、どこでもいい。」
柊は間の抜けた表情で瞬きを一回、態とらしく行った。そして、俺から顔を背けた。何事だ、と思って立とうとしたら、柊の片手がそれを制した。
「反則だって…。」
「何がだ。」
「本当に。」
言っていることの訳が分からなく、俺は首を傾げる。髪の隙間から見える耳と項は赤く染まっていた。
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