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「勇。俺あそこ動かないでって言ったはずなんだけど。」
柊は怒っていた。当たり前だが。
少しだけ、少しだけと歩き進めていったら、いつの間にか何処から来たのか分からなくなり、挙句の果て先程柊といた場所とは正反対の場所に来てしまった。
「悪い。」
「本当に反省して。」
因みにこういう出来事は今回が初めてでは無い。学校でもよくこうなるし、何処か寄り道するにしても駅やら街中やらで俺が迷う事はよくある事だった。その度に柊は必ず俺を見つけてくれるので、まぁ、良いかと思ってしまっているのは、確かに反省していないからなのだろう。
「ごめんね。仁山君。居てくれて助かったよ。」
「いつもこうなのか。」
「勇は意外とこういう奴だよ。」
こういう奴とはどういうことだ、と抗議したいが、そんな気力も残っていないので、言わせておく。
「小野寺。」
仁山から名前を呼ばれ、一応振り向いておく。意外な事に先程会った時の敵にエンカウントしたという程嫌そうな表情はなく、敵対心も見えなかった。
「俺、お前のこと誤解してたみてぇだ。悪かったな。」
誤解?おれは首を傾げる。やけに清々しい顔でそう言われたら眉間にシワが寄ってしまう。無意識だとしても顔の筋肉を動かすのは何かと疲れるからやめて欲しい。
「仲良くしようぜ。」
そう笑顔で言われてしまった。この数時間で何があったのかは分からないが、どうやら友人認定されたようである。
「勇。真っ直ぐ行くとテーブルあるよね。そこ座ってて。先これ食べてていいから。」
手に抱えていた飲食物を勇に渡すと、勇はこくりと頷いた。勇が席まで行き着いたのを確認した俺は先程の場所に少し道を戻った。
そして、壁に寄り掛かる彼に声を掛けた。
「盗み聞きかな?…猪塚君。」
名前を呼ぶと彼はニヤリと笑った。普段の人懐っこそうな笑顔は存在しない。猫を被っている事は知っていたが、こうして彼の本性と話すのはこれが初めてだ。
「柊君から話しかけて来てくれるなんて嬉しいよ。」
「そうは見えないけれど。」
「それはごめんね。俺君の事嫌いだから。」
「奇遇だね。」
俺も君が憎いほど嫌いだよ。そう意味を込めて微笑んだ。彼は目を細める。
「勇君。譲ってよ。誘ったら毎回君が付いてくるの本当に鬱陶しいんだよね。」
「それは譲る気が無いからね。それに勇は猪塚君への興味は一欠片も無いし、早く諦めたらどうかな。」
「それは無理だよ。彼は俺の運命なんだから。」
運命?彼の言葉に引っ掛かりを感じた。寧ろその言葉とは無縁の関係だ。二人が結ばれる事は有り得ない。それがこの世界の決まり事だから。
「理解出来なくていいよ。きっと君には分からないだろうから。」
小馬鹿にするように笑う猪塚に俺はイラついた。しかしその苛立ちを面に出さない様笑顔を保った。彼と実際に出会うまでは彼はもっと健気で優しい子だと思っていたが、そうでは無かった。彼は計算高く、自分の望むものを手にいれる為なら方法を問わない人間だった。そのせいで何度……。
「安心してよ。俺たちが迎えるのはハッピーエンドだ。」
そう猪塚君は歪に笑んだ後、人混みに消えて行った。
もしかしたら、もう狂い始めているのかもしれない。この世界の法則は崩壊しかけているのかもしれない。
冷や汗が俺の頬を伝っていった。
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