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「勇君。昨日は楽しかったね!」
「あぁ。」
俺は猪塚の方を一瞥もせず、素っ気ない返事をした。
食堂の一角を俺を含めた四人が陣取っていた。目の前に柊が座り、隣には猪塚が座っている。対角線上は仁山だ。柊と俺は弁当を、猪塚と仁山は食堂のメニューのそれぞれうどんとカレーを食べていた。自分はいつも通り柊の弁当だ。
流石にまたあの地獄のような可愛い弁当なんてことは無いだろう。…ない筈だ。俺はそーっと弁当箱を開けた。そこにあるいつも通りの弁当風景にほっとした。すると、目の前の柊がクスリと笑ったのが見えた。
「また行きたいなぁ。」
「猪塚、じゃあ今度は」
「今度は勇君と二人がいいなぁ。」
その被せるような発言に仁山が口篭る。俺はため息をついた。
「行かない。仁山と行け。」
「えぇ〜。」
知っている笑い方だ。
明るい声で猪塚は言ったが、表面上での笑顔を保っているだけである事は分かった。傷ついているのか、それとも別の感情なのかは分からないが。
柊が俺以外に何故かする表情。何故、そんなに取り繕うのか。この世界の運命を知っているからだろうか。
「どうしたの?勇。」
「何でもない。」
柊をじっと見てしまっていた俺が柊に声を掛けられる。この世界がBLゲームの世界だと告げられたあの日から、『柊 響介』という友人の存在に疑問が重なっていく。いつもなら「まぁ、いいか。」と興味を投げ出すが、柊にはそうも行かないらしい。流石の俺でも長年いるこいつを放っておけないぐらいの情はあるのかもしれない。
俺は空になった弁当箱を風呂敷に包むと、猪塚の方を向いた。猪塚はこちらに気付き、笑顔を向けた。
「猪塚、俺はもう猪塚とは関われない。」
「…え?」
「だから、諦めてくれ。」
それだけ言うと、俺は席を離れた。猪塚が笑顔で固まっていた。こう思うと、前から曖昧になっていたが、返事はしていなかった。だから、良い機会だろう。柊の不安の種は今ここで消しておく為に。
「…いいの?」
「問題無い。関わる理由も特に無い。」
「ほんと、勇は優しいね。」
何処をどうとってその言葉が出てきたのかは分からないが、柊がどこか寂しそうな、いや、辛そうな顔をしていて、俺は何の反応もせず、ただ柊の後ろに下がり、後を付いて行った。
流石にもう無理だったか。
離れて行く存在の影を感じながら、俺は心中でため息をついた。前にいる金髪の友人は嬉しそうに顔を俯けて、カレーを食べている。
俺に対して好意を持つ存在が現れ、そして俺がその人物を知っている所が彼が俺から離れる決定打となったのだろう。
きっと、そうすれば俺が折れると思っているのだろう。傷ついて、目の前にいる男に慰めて貰え、そして惚れろ。端的に言ってしまえば、そういう事なのだろう。
でも、逆効果。
俺は口の端を微かに上げた。
さて、王子様気取りなあの男はどこまで知って、どこまで気付いているのだろう。昨日話した感じを見るとこの世界の仕組みを知っている様だった。しかし、俺の事は知らない様だ。
部外者には黙ってもらわなければ。
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