第四話 傲慢な男

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この短期間に色々あり過ぎるのだと思う。無駄に広い部屋の中で湯気立つ紅茶には一切手を付けず、目の前にいる男を俺は黙って睨んでいた。 柊はいない。頼れる優等生な柊は先生の雑用を任されていた。「やってくれるよな?」という教師の問に対し、「はい。」と笑顔で答えていたが、あれは絶対やりたくないという顔だった。教師に「お前は手伝わなくていい。」と言われてしまい(特に俺は学校生活で羽目を外している訳では無い。)、仕方なく二階にある図書室へ足を向けているところだった。そこで、彼に捕まった。 「飲まないのか?」 「……要りません。」 そういうと、彼は不敵に笑った。 柊を王子だというならば、目の前にいる彼は王様だとでも例えるべきなんだろう。彼はモデルのような美しい体躯を持っていた。背は仁山に負けるが。長めの髪をゴムで結んでいる様で、目は鋭く威圧感があった。 「断られたのは初めてだ。俺を知らないのか?」 俺はその問いには答えずにただ、彼を見つめた。知っているか知らないかと言われれば、「知っていたが、忘れていた」が正しいのだろう。一度俺は彼を見た事がある筈だが、俺は彼の名前も顔も認識はしていなかった。 「そんな君に頼み事をしたい。」 「お断りします。」 「自信が無いのか?」 彼はニヤリと笑う。そうやって俺を煽っているつもりなのだろう。表情といい態度といい、今までもそういう方法で人を操ってきたのだろう。そう思えずにはいられない。 「ありませんよ。」 ある訳が無い。ため息混じりにそう答える。すると彼は不機嫌そうに口角を下げ、俺を見据える。 「もう少し面白い反応をしてくれないか。」 芸当をお好みならば、サーカスでも見に行ったらどうでしょうか。 心の中で毒を吐きながら、彼の事を睨み返した。こんな男の為に無駄な体力は消耗したくないので、俺はただ彼を見つめるだけである。 「猪塚 陽太。君は知っているだろう。」 俺の意向は無視して彼が話を始めた。耳を塞ぐか、部屋をすぐ出るかしたい所だが、今そんな事をすれば話を聞く以上に厄介な事になるのは目に見えていた。 「彼は君に告白したらしい。だが、既に振られている、との事だ。」 何故そこまで知っているのか。驚愕では無く、嫌悪感が俺の中を渦巻く。彼は蛇のように絡み付き、確実に情報を収集する。そして、彼の立場的にもそれはきっと実に容易い事なのだろう。 「小野寺君。君に命令(おねがい)をしたい。俺と彼の恋のキューピットになってくれ。」 真っ黒い笑顔でそう告げられた。「断るという選択肢は無い。」そう言われているような強制力がある笑顔だ。 「勿論、報酬は支払おう。」 彼の言葉に俺は呆れた。 「望みなんてないですよ。」 「本当か?それはお前が見て見ぬ振りをしているだけじゃないのか?」 元々俺は希薄な人間だった。何にも興味は無かったし、きっとこれからもそのままで生きていく。だが、その事に大して不満は無い。よく思う事は、柊がいなければその内俺はどこかで野垂れ死んでいるのだろうと言う事だ。そのぐらい欲が無いという事を自分でよくよく自覚していた。だから、彼の言葉は酷く耳障りで俺は眉間に皺を寄せた。 「…まぁ、いい。どちらにせよ、小野寺 勇。お前には手伝って貰う。」 唯我独尊。正しくこいつだ。言い分無しに問答無用。どれだけ恵まれている考えなのだろうか。 諦めて俺もため息と共に口を開いた。 「…まず、貴方が猪塚を気になった事への経緯を教えて下さい。」 彼は満足そうに口角を上げた。 「彼の容姿が気に入った。一目惚れ、と言えばそうなのだろう。」 「猪塚は男ですが。」 「そうだな。男だ。しかし彼は可愛いだろう?」 可愛い、のか? 俺は一度たりとも猪塚を「可愛い」と思えた事が無かった。正直『犬』ぐらいに見ていた。顔に関して特に感想を持ったことも無い。偶に男はみんな同じ顔に見える言う奴がいるが、俺にとっては全員が全員同じ顔に見える。勿論、これは視覚的な病気を示すのではなく単純に「他人に興味が無い」と言いたいだけだ。 「…帰ります。」 「協力してくれるということかな?」 「拒否したいところですが、そんな事させる気なんて無いのでしょう?」 「釣れないな。まぁ、断るのであれば首を縦に振るまで、君に何か枷でも付けようかとでも思っていたところだが。」 当然、彼は笑いもせずそう言った。俺はそんな彼を睨む気力も無く、すっかり冷めた紅茶に一瞥もせず席を立った。 「…俺が出来ることは貴方に猪塚を会わせることぐらいですが、それでもよろしいですね?」 「あぁ。お前はそれ以上手伝う気はどうせないんだろうしな。」 「さぁ。何のことでしょうか。」 彼は愉快そうに喉を鳴らした。 「明日の午後ここに猪塚を連れてきます。後はご自分で。その様子なら自信は大層おありなんでしょう?」 皮肉を込めた一言を言い放った後、俺はその部屋を退出した。
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