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いつもに増してだるい身体を冷たい机の上に預ける。開けた窓からはふわりと緩やかな風が俺の頬を撫でて行った。
「長谷部…蒼人……。」
その名前を口にして、俺は軽く溜息をついた。周りには誰も居ない。教室の電気は付け忘れたので薄暗いままだ。
長谷部蒼人。昨日、俺を生徒会室に連れ込んだ王様気取りの横暴な奴の事だ。生徒会室を出た後、直ぐに廊下を彷徨い、何とか辿り着いた自分の教室に柊がいた。
柊にあれこれと経緯を説明すると、柊は気難しい顔をして、気を付けてね、それだけ言っていつもの柊に戻った。
それが何だかもやもやして、気持ちが悪くて、俺は寝付けず、結局いつもよりも早く教室に居座っているという訳だ。
主人公だからか。この世界がゲームだからか。理由はどちらでもいいが、猪塚は面倒臭いものにばっか当たるのだと、少し哀れんで、今日やらなくてはいけない事を思って、俺の体は更に重さを増した様に感じた。
柊が猪塚を、仁山を、長谷部を、嫌う理由。嫌う、という簡単な言葉では無いのかもしれないが、倦厭する理由、俺はそれが知りたい。
風はもう吹いていなかった。朝だというのに、空気がじとっと湿っていて、俺は考えを逸らす様に目を瞑った。
「仁山。」
偶然か、必然か。俺は廊下で仁山を見つけた。彼は俺を見るなり、驚いた様に目を見開いた。
「…小野寺。」
「話がある。」
仁山は暫く黙った後、重く首を縦に振った。
人気の無い薄暗い廊下。沈もうとしている日が煌々と窓から輝きを放っていた。それだけが俺達の陰を作る。
「話ってなんだよ。」
すぐ様、仁山からそう問われる。俺は仁山を見上げた。
「…猪塚に合わせて欲しい奴がいる。」
「どういう事だ。」
仁山は不信気な顔をした。俺は構わず続ける。
「生徒会長、長谷部蒼人が猪塚を狙っている様だ。そいつに会わせる。」
「はぁ?何言ってんだお前。」
怒気の含まれた声で凄まれる。仁山の怒りはご最もである。目の前で想い人を振った相手がいきなり現れたと思ったら、今度は気になる奴に会わせろと言うのだから。
「俺の味方をする、そんな話じゃなかったか?」
「あぁ、そうだ。それは変わっていない。」
「じゃあ、どういう事だよ。」
「これは俺の都合だ。すまない。だが、少し用件を聞き入れて欲しい。正直猪塚一人を連れて来いとも何とも言われていないからな。」
仁山が首を傾げる。
「俺が協力しようとしないと、あいつは結局何らかの手段を使って猪塚と接触するつもりだ。だから、それを仁山が守ればいい。あいつは猪塚一人を連れてこいとは一言も言わなかった。だから、仁山が一緒に生徒会室に向かって欲しい。」
あいつの言葉には抜けが多かった。条件が確実ではなく、邪魔をさせない事、ひとりきりで来させる事、それぞれを俺に指示しなかった。しかし、きっとあいつは分かっててやっているのだろう。結局、あいつの好意は仁山のそれとは全くに違っていて、猪塚も、そして俺もあいつを楽しませるだけのエンターテイナーにしかなり得ないのだろう。
普段なら絶対しない。だが、俺は過程より結果でどれだけ楽に生きられるかの方が重要だ。これくらいの面倒、かけてみるのも悪くない。
「よく分かんねぇけど、行くぜ。そうしないと猪塚が危ないんだろ。」
仁山は決意した顔で頷いた。
『…好きなやつの為なら何でもしたいと思うだろ。』
以前、仁山が言った言葉を思い出す。その好意がどうしてそこまで体を動かすのか俺には理解出来ない。ただ思うのは、長谷部に流されるくらいなら仁山の方に猪塚は付くべきだと、そんな事だ。
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