第五話 真面目眼鏡

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第五話 真面目眼鏡

「眼鏡はいいな。」 突然俺が話題に出した事に驚いたのか、柊はキョトンとした顔で俺を見る。 「何で?」 「見分けが付きやすい。」 「あーーーー。」 妙に納得したという顔で半笑いで俺を見つめる柊。 特徴というのは、大切だと俺は思う。例えば、クラスに女子の眼鏡と、男子の眼鏡がいたら、それだけで区別はつく訳だ。顔と名前を覚える気力のない俺としてはとても有難い。 そして、何故そんな話題をいきなり出したかと言うと、それは隣に立つ眼鏡男が原因だ。 この男はこのクラスの学級委員長だ(つい先程知った)。返し忘れていた本があったらしく、俺に声をかけてきた。そして、要件はそれだけじゃなかった。 「小野寺君。君は頭はいいかもしれないが、細かい所が大雑把では無いのか。本を返し忘れるなんて、同じクラスメイトとして恥ずかしいぞ。もっと、君の行動一つ一つに責任を持ったらどうだ。」 委員長は眼鏡の縁を中指で持ち上げる。如何にも真面目という見た目のこの男の名前は金井慶太(かない けいた)。背は柊と同じ位で厚いレンズの嵌った黒縁の眼鏡をかけている。ガラスの奥に見える目は見えずらいが睫毛が長く、造形的に鼻が高いのを見ると、こいつは美形男子というやつなのだろう。 「委員長。たまたまだよ。勇が返すの忘れたの初めてだし。それに、まだ昨日返し忘れて、今はまだ朝だから。」 ニコニコと笑っているが、柊が苛ついているのが分かった。何故だかは分からないが、これは後で俺に返ってくる可能性があるので、これ以上柊をヒートアップさせて欲しくはない。 「昼休みに返す。それならいいだろ。」 「あぁ。そうしてくれ。規則は守るものだ。例え一回でも……」 云々(以下略)。唯の真面目なのか、それとも俺に対する嫌がらせなのか、その両方なのか。そのあとも金井の説教は続き、それはホームルーム五分前まで続いた。 猪塚と離れ、一ヶ月が経とうとしていた。猪塚の居ない日常は平和で、柊のいつも通りの笑顔を見て、本を読んで、時々空を眺めた。最近多いのは分厚い雲でおおわれた空である。もうすぐ、梅雨入りするからだった。 今日も図書室に寄ろうとふらりと教室を出た。今日は一人で辿り着けるかもしれない、そんな事を考えていたのかもしれない。 ぼんやりとしか光の入らない暗い廊下を歩いていた。そういえば、柊はどうしたのだろう。今は、昼休み。本を読んでいたら、気が付いたら柊が居なかった。また、先生のお手伝いか、それともクラスメイトの頼み事か、柊は俺のように暇じゃない。 「小野寺。」 暗がった声が聞こえた。顔を上げると眼前に長身で金髪の男が立っていた。仁山だった。俯いているせいで表情がよく見えず、何かあったのかと首を傾げる。 「助けてくれぇ…!!」 涙目、涙声、だらしない顔がそこにあった。 相変わらず人気の無い図書室で仁山の事情を聞いた。内容は中間テストの結果だった。実は先週中間テストがあった。仁山はそこで赤点を連発してしまったそうだ。どうやったらそんな点数になるのだろう、そんな事を思いながら耳を傾けていた。 「それで、助けて欲しいというのは?」 「テストの結果が母ちゃんにバレて、それで、その…」 仁山の声が段々小さくなる。 因みにバレた仕組みは簡単で、この学校では結果やら手紙やらをメールで保護者の元に届けているからである。仁山はきっと知らなかったのだろう。 「次、赤点を取ったら家通いにさせるって…。」 「何が問題なんだ?」 「……と…うこ、き…か…」 「はぁ?」 小さくくぐもった声にもう一度言えと催促する。 「そうすると猪塚と登校できねぇからだよ!!!」 誰もいない教室に仁山の声はよく響いた。 俺はそんな理由か…と呆れてため息が出た。そんな様子の俺に、しょうがねぇだろ、と仁山は睨みを効かせて呟く。 「猪塚と少しでも一緒に居てぇんだ。あいつの事を少しでも多く見ていたい。」 頬を赤くしながら俯く彼の声には熱が籠っていた。 「重い…。」 「そんな事言うなら、お前の柊だってそうじゃねぇか。」 「俺の柊?」 唐突に出てきた単語の意味が分からず、オウム返しをしてしまう。 「あいつなんて独占欲の塊だろ。」 「なんの事だ。」 「はぁ?お前ら付き合ってんだろ。牽制オーラが凄いのなんのって…。」 「いや、俺と柊は付き合っていない。」 「まじかよ!?」 仁山は目を丸くしていた。そんな風に思われていたのは心外で俺としてもなんと弁解すればいいのか分からず沈黙が落ちる。 「あぁ、なるほどな。王子サマも大変ってこった。」 「どういう事だ。」 「俺の口からは言えねぇな。お前はもう少し周りに敏感になってやれよ。」 アドバイスはそれだけだ、なんて仁山は唐突に意味の分からない事を言った。 「で、勉強の件なんだけどな、週一とかで良いので、 お願いします。」 頭を下げられた。 しかし、誠意とかそれ以前に俺の心情は面倒臭い、この四文字に尽きていた。他人(友人だろうとも)に時間を割くなんて御免だ。 と、いつもなら思う筈だった。猪塚に対しての想いとか、濁された柊の話題とか、そういうのに結局意識が向いてしまったのかもしれない。 「分かった。」 いつの間にかそう口にしていた。
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