第十一話 透明人間

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第十一話 透明人間

外からは煩わしい程の蝉の声が聞こえており、開けた窓と回っている扇風機しか頼りの無い涼しさはもう関係の無いほど暑苦しくて、じとりと出てくる汗が服に張り付いて気持ちが悪かった。 「猛暑日だってさ、ここ数日。」 カランと涼し気な音がして、隣を見てみると、氷の入った麦茶が周りに水滴を零しながら置いてあった。いつから置いてあったのだろうか、入っている氷は少し溶けていた。 「そういえば、三駅くらい先の所で夏祭りやるんだって、結構大きい祭りらしいよ。」 鬱陶しい暑さにうんざりしながらも、先程から一人話す男の方に目を向ける。彼のこめかみからも汗が流れ落ちおり、王子と謳われるあの顔も今は暑さにやられている。 本当に暑い。そう言って、彼、柊は水色の棒アイスを口に含んだ。それはシャリ、と音を立てて彼の口の中に解けていった。食欲のない俺はその様子を見ながら、ぼうっとする。彼に夏が似合うとは思わないが、涼し気なものが良く似合うと思った。 「勇も食べる?」 「いや、良い。」 彼はこちらを一瞥すると、そのまま残りのアイスを口の中に落としていった。裸になった平べったい棒を柊はゴミ箱に捨てる。そして、こちらを向くと二カリと笑って見せた。 「でさ、行こうよ。夏祭り。」 そんな彼に俺はげんなりしていた。俺は人混みも暑苦しい所も騒がしいさも好きでは無かったから。彼は悪戯げに楽しそうに笑った。 「大丈夫。そんなに人はいないらしいよ。そもそも、住んでる人が少ないからね。」 それはそうかもしれないが、そういう問題じゃないような気もする。 「でも、九渡生は結構居るんじゃないか?」 「…あー、確かに。」 成程と納得したのに、どうもスッキリしない顔で柊は唸った。そうして、暫くした後、徐に顔をあげる。 「勇と、行きたいんだけど…駄目かな?」 しおらしい顔で窺うように此方を見られたら、俺は言葉に詰まってしまう。俺は柊の顔に弱い。笑ってたら怒ってる事がどうでも良くなってしまうし、悲しんでいたら、どうにかして慰めたくなる。今回も例外にしかず、俺は結局あっさりとYESと返事をしてしまったのだった。
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