第二話 主人公

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「勇くん。おはよう!」 部屋を出ようとドアを開けたらふわふわ茶髪の彼が満面の笑みを浮かべながら立っていた。その直後、背後から悪寒がする。 「何で君がいるのかな??」 こちらもまた笑顔を浮かべているが、明らかに嫌悪やら怒気やらを含んでいるものだった。 朝っぱらからバチバチと彼らの間に亀裂が出来る。出会って短期間によくもここまで仲が悪くなるものである。 「そっちこそ。部屋割りはランダムな筈なのに、何で同室なの??」 それは俺も不思議だった。偶然にしてはよく出来すぎている。それにしても。 「猪塚。」 「何!?勇くん!」 嬉しそうにこちらに笑顔を向ける姿が近所にいた柴犬を思い出させた。よく俺を見つけるとしっぽを振って塀の傍まで駆け寄ろうとしてくるのだ。まぁ、リードがあるせいで途中までしか行けないのだが。 「同室になってから知り合った、じゃ駄目なのか?」 「…それにしては、仲良いでしょ?」 洞察力が優れているのか、勘が鋭いのか、それとも柊の嫌悪感が強く表れているせいなのか、まぁ、どれにせよ、猪塚には『俺達がルームメイトとして出来た新しい友達』には見えなかった様だ。 「うん。仲良いんだよね〜。ほら、ね?」 そう言っていきなり、柊の腕が腹部に回って右手は柊の指が絡められる。 猪塚の口端がほんの少しだけぴくりと動いた。 昨夜、起こった出来事(告白)はそのまま柊に伝えた。柊はそれを聞いて暗い表情となり、避けたい出来事の中にそれは入っていたのだと理解した。 『勇、これは避けられない事だったのかもしれない。でも、必ず未来は変える。だからまだ油断しないで。彼に気を許さないでね。』 柊は恐らく猪塚に俺の事を諦めさせたいのだろう。だったらこれに乗らない手はない。 「ああ、仲良いんだ。」 そう言って握られた手を強く握り返し、左手はそっと回された腕に添えた。その様子を見ていた猪塚の目の奥が震えた様な気がした。 「…二人は、付き合ってるの?」 「…そう「違うぞ。」勇!?」 何か間違った事を言っただろうか?俺は首を傾げる。 「柊は友人。違うのか?」 「そうだけど、そうじゃなくて!」 「付き合うというのは、恋人の事だろ。だったら俺らは違う。」 「へぇ…。それは良かった!じゃ、またね!」 そう言って猪塚は笑顔で手を振って俺らから離れていった。 「勇〜。あそこで俺の事恋人って言った方が猪塚くんと距離取れたかもしれないのに〜。」 「そうか。でも嘘は駄目だ。後々面倒だしな。」 「勇〜〜。」 「鍵しめるぞ。」 「ありがと〜〜。」 それからそうやって唸る様に返事をする柊の機嫌は午後までずっと直らなかった。 「何でお前が居る。」 夕食作りを始めた柊を置いて目先にある自販機に行った時、また出会ってしまった。 「えへへ。俺も寮生だからね。」 猪塚はニコリと笑いかけながら、自販機のボタンを押した。 そう言えば、朝、俺らの部屋で彼は待ち構えていた訳だが、どうやって俺の部屋を特定したのだろうか。告白もされたが、本当に俺の事が好きなのか? 猪塚は手に取った炭酸オレンジのペットボトルの蓋を捻った。プシュッと空気が抜けた音がした。 「柊君とはいつから一緒なの?」 猪塚は壁に寄り掛かるとそんな事を聞いてきた。無視して帰った方が良いのだろうか。それとも…。 「勇君。俺は君が好きだけど……いや、好きだから、さ君の事傷付ける気は全く無いよ。だから、そんな警戒しないで欲しいかな。」 困った様に笑われてしまった。そんなに態度に出ていただろうか。 「……悪かった。」 「うん。」 まだ猪塚に対して煮え切らない部分は多々あるし、柊のあの警戒の強さも気になる。だが、今この現状では猪塚と話をするぐらいどうとでも無いだろう。 「柊とは、幼馴染だ。」 「…、いつから?」 「小学…四年からだと思う。」 「じゃあ、もう七年目になるんだね。」 「あぁ。」 柊は良い奴だが変な奴でもあった。無表情、そして無愛想な俺にここまで一緒に居た。いつも笑って迷う俺に「しょうがないな」と呆れながらも手を引いてくれた。そして、この高校にも遥々ついて来てくれた。その理由が(猪塚)なのだろうか。 「勇くん。またこうやって話してもいいかな。俺も、勇君の友達に入れてくれない?」 この時、俺は『無理だ。』と言えば良かったのだ。だが、(柊の理由)の事を知りたくなってしまった俺は彼の誘いに乗ってしまったのだった。
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