第十二話 似た者同士

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第十二話 似た者同士

誰も居ない寮の部屋で勉強をしていた。よく聞こえてくる騒ぎ声や物音も今はなく、ペン先がノートを擦る音だけが聞こえてくる。 そんな時、部屋のドアがノックされたのに気付く。柊だろうか、そう思ってドアに近付く。そして、ドアノブに手を掛けた時、俺はそれを動かすのを少し躊躇してしまった。 あの日、夏祭りで猪塚と話した日。それ以降から俺は柊といるのが気まずくて、一応、いつも通り振る舞っているつもりだが、柊には恐らくもう勘づかれているだろう。 夢の中で現れる、俺が〝響介〟と呼ぶ男。いつもぼんやりとしていて、絵空事のようなものだったのに、猪塚にそこを突かれた瞬間、はっきりと頭の中に流れてきた。それからというもの、ちょっとした瞬間でも〝響介〟が現れてきて上手く柊の顔を見ることが出来なかった。 そして、猪塚という人物に更に謎が深まった。正直、本当に好意を寄せられているかどうかも怪しい。何故、〝響介〟の事を知っているのか。まるで以前あったことのある様な言い回しで、あの日から数日経った今でも、ふとした時に記憶が蘇って仕方がない。 そして、柊が別の所から来たということも知っていた。柊がしようとしている事は無駄になってしまうのだろうか。柊は自分で『悪役』になる事は回避できると言っていたが、向こうが状況を知っているとなると、話は変わってくるのではないだろうか。 そんなこんなで、俺の気分は常に下がっていた。安心する筈だった柊の隣も実情を知ってから、近寄る事さえままならない。 「勇君。」 もう一度ノックされた後、名前を呼ばれた。柊の声では無いと確信した俺は扉を開く。立っていたのは、波多野先輩だった。 「お久しぶりです。すみません。集中してて…」 波多野先輩は相変わらずの無表情で首を振る。 「大丈夫。ちょっと、来て欲しい。」 手を引っ張られ、寮の部屋を出る。そして、部屋から一歩出て、じっと待たれたものだから、どうしたものだろうか、と思っていたら、波多野先輩は「鍵。」とドアの方に指をさす。あぁ、確かに、と思って一回偶々ポケットに入っていた鍵を差し込む。いつもは携帯しないのだが、今日は図書館に行ったものだから、そのまま入れっぱなしになっていた様だ。 そして、そのまま手を引っ張られる。柊よりは背は低い…いや、同じくらいだろうか。確実に猪塚よりは高いだろう。夏だというのにほとんど肌を隠す服を着ており、見た目はとても華奢だった。だけれど、掴んだ手は見た目とは裏腹に温かく大きい。 「入って。」 そうして、ある部屋の前で開けられた。ここが何処かは分からないが、取り敢えず在り来りに「お邪魔します。」と言って中に入る。窓にはカーテンが掛かっており、部屋の中は暗かった。しかし、パチリと音がすると何度か照明は点滅したあと、白く輝いた。 「僕の部屋。」 上に掛け布団やらが掛けてあるのは、一つのベッドのみで、もう一つは金井で見た時と同じ様に骨組みのみのベッドだった。荷物は一人分。それもコンパクトに纏められていて、随分寮の部屋が広く見える。 「ルームメイトは?」 「特別。一人部屋。」 そう答えた後、波多野先輩は白いベッドに腰を下ろした。そして、俺の方を見て隣をトンと叩いた。取り敢えず、そこに腰を下ろした。
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