第十二話 似た者同士

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「ちょっと、話したくて。」 こちらを見ずに、波多野先輩がぽつりと呟く。 「僕、有名人らしい、けど、それが、嫌い。」 細かく区切っていくような喋り方は普通に話されるよりゆっくりだし、声も細々としていて少し聞き取りにくい彼の話し方に耳を傾けた。波多野先輩は口数は少ないが、俺よりは確実に話す人だった。俺は話す事すら面倒臭いと放棄してしまうから、相手が話してくれないと気まずい雰囲気が流れてしまう。 「見た目が、目立つから。よく視線を、向けられる。それも、嫌い。でも、勇君は、そんな事、気にしないから、楽。だから、会えて、良かった。」 波多野先輩の目が少し穏やかに細まった気がした。 「…今、いつも一緒に、いる子と、喧嘩中?」 「喧嘩は、してません。」 「でも、前はもっと、仲良かった、気がする。」 「……そうですね。」 それは、確実に前の方が一緒に居て素直に心地良かったのは、間違いない。だけれど、柊に告白されて、猪塚と話して、俺の中で前の柊が揺れ動くのだ。友人のままでも駄目、俺が知っている〝柊〟でも駄目。安心できる場所だった、柊の隣が今は寧ろ俺を苦しめる場所になった。このままでいたいと余計なものを見て見ぬふりをして、過ごしても、きっと猪塚は「それでいいの?」と俺を揺さぶって、本人である柊さえも「このままでいたくない」とそれを拒否する。 「……難しいですね。」 手の甲に温かいものが被さる。それは波多野先輩の手だった。相変わらず、白くて綺麗な手だった。 「勇君、苦しい?逃げ出したい?」 苦しい、のだろうか。今俺が考えているのは、この現状から逃げたいからなのだろうか。人に向けられる感情なんてどうでもいい。気にするだけ無駄なものなのに、なんで俺はこんなにも考え続けてしまうのだろうか。 「僕だったら、そんな顔、させないよ。」 俺は今、どんな顔をしているのだろうか。波多野先輩の様に無表情のままでは無いのだろうか。最近、こんなのばっかりだ。表情とか、感情とか、もっと言えば、好きとか嫌いとか、苦しいとか、嬉しいとか、どうでも良くて、考えない方が良かったのに、今自分の中で起こっていることを、知っている言葉で当て嵌めて、何でそれをどうにかしなくてはいけないと思わなくてはいけないのだろうか。 「僕は、好きだなんて、言わない。君を縛り付けたくは、無いから。ただ、傍にいたい。」 柊が波多野先輩と同じ事を言ってくれていたら良かったのに、と思ってしまった。そしたら、こんなに悩む事も、気まずくなる事も、安寧の場所を失くす事も無かったのに。 「大丈夫。心地良い場所に、きっと、なるよ。」 そうなのだろうか。俺は他へ拠り所を移せるのだろうか。柊の笑顔が頭を掠める。それと、同時に恐ろしいと思った猪塚の笑顔と、響介の後ろ姿が交差する。 気付けば俺は、「すみません。」と謝罪の言葉を口にしていて、そのまま波多野先輩は何も言わずに俺の頭を撫でていた。
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