第十二話 似た者同士

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「ただいまー。」 柊の声がして、玄関まで俺は足を向けた。何となくそういう気分だったから。 「おかえり。」 そうして、出迎えた俺に柊は驚いた様に瞬きを数回した。それから、嬉しそうに顔を綻ばせた。 「珍しいね。」 「偶には、いいだろ。」 「うん。めっちゃ良い。何か、同棲してるみたい。」 久しぶりにちゃんと柊の笑顔を見た気がした。目が細くなると、眉が下がり、穏やかな表情になる。 「勇、最近、元気無かったから。」 「そうか?」 「言いたくないなら、良いけど。」 分かりやすくしらばっくれたが、柊は特に追求して来なかった。背中を向けられると、矢張り、響介の事が頭に浮かんだ。彼は一体何者なのか、そして、何故、猪塚は彼を知っているのか、分からないことだらけだけれど、これ以上考え続けるのは嫌だった。どうせ、毎日顔を合わせるのだから、忘れてしまった方が楽だと思った。 苦しいのは嫌いだ。呼吸がままならない環境なんて死んでいるのも同じ事だ。なんなら、死んだ方がマシだ。結局、まだ俺は何も選択していない。だから、振り出しに戻れる。 「柊、また、夏祭り行こう。」 突然出てきた単語に驚いた様だったが、彼は直ぐにぱっと顔を明るめ、「うん、行こう。」と嬉しそうに答えてくれた。 誰も居なくなった部屋のベッドに背中を預ける。そして、ふぅっと息を吐いた。 「勇君。」 そして、先程までそこにいた彼の名前を呼んでみた。勿論、反応は無い。 初めて会った時、傘を貸してもらった時、彼の感情の無い、いや、殺している、と言った方が良いのかもしれない、そんな目に惹かれた。同族嫌悪とはよく言うが、僕が感じたのはその逆で、寧ろそんな彼に親近感が湧いた。彼は感情を捨てる方法を知っている。そして、感情はあっても無駄なもので、僕らを苦しめるものだというものもよく知っている。そう感じられた。 今日、彼を見た時、前より感情が見え隠れしていた。きっと、よく彼の隣にいるあの子のせいなんだろう、と思った。もっと表情豊かに過ごす勇君も見ては見たいけれど、あんなに苦しそうな表情ばかりさせるのは納得がいかない。 勇君に対してのこの思いは俗に言う『恋情』などというものなのだろう。それは僕の中での初恋だ。彼の隣に浸っていたいし、彼の中で特別になりたいとも思った。でも、それは同時に彼を縛り付け、苦しめるのではないか、とも思った。 だから、例え「恋人」では無くても、隣にいる事の特権が欲しい。勇君を苦しめているあの子がとても羨ましく思う。 勇君はあの子の事をどう思っているのだろう。少なくとも恋愛感情では無いと思う。でもきっとあの子の方は勇君が好きで好きで仕方ないんだろう。傘を返したあの日もすごい剣幕で勇君の手を引っ張っているのを見て、あんな子でもそんな表情をするのだと、少し驚いたぐらいだ。 今日、何故だか謝られたが、きっとあれに断ったという意味は含まれていない筈だ。勇君もきづいていないのかもしれないが、彼は人の感情を無下には出来ない人だ。 「申し訳ないけど、利用させて貰おう。」 いつか、彼の笑う姿が見れたらいい、そう思った。
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