第十三話 波多野千翔

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第十三話 波多野千翔

「やーい、女男!早く宇宙に帰れ〜!」 「吸血鬼だ!吸血鬼だ〜!早く逃げないと血を吸われちまうぞ〜!!」 そうして、舌を出してからかってくる男子達に毎度ながら呆れる。同じ事しか言えないのか、というか、そんなにからかって何が楽しいのか。 小学生の頃から世の中を達観している所があった。同い歳の男子達はどれだけからかっても意を介さない俺に次第に飽きてきたようで、寧ろ誰にも近付かれないようになった。 みんなとは違う、真っ白い肌、白い毛、グレーの瞳。そして、太陽の下には足を踏み入れる事さえ危険だった。勿論、体育は毎回見学。自分でも本当に同じ人間なのか、分からなくて、不安になって、母親に尋ねた。 「勿論、人間よ。私が産んだもの。それに、同じ言葉を使って、話すもの。」 母は穏やかな笑みでそう言った。優しくて、温かくて、よく笑う母が僕は好きだった。 「……それと、誰から言われたの?お母さんがしてあげるから、言ってみなさい。」 たまに過激的だけれど。 晴れと夏が嫌い。曇りと雨、それと雪は好きだった。僕の故郷はよく雪の降る地域で、そういう日の朝だけは太陽が好きになれた。いつもより厚着だし、太陽の光も薄くて、その日の朝と夕方だけは外で遊ぶことが出来た。 学校は嫌いだったけれど、友達と言える人もいなかったけれど、母も父も優しかった。それが唯一の救いだったと思う。 しかし、幸せってものは凄く簡単に壊れてしまう。 小学六年生になる手前、父の不倫が発覚した。そして、離婚。父は不倫相手と結婚し、母と僕だけが取り残された。 最初、母はまだ明るく、強く生きていた。しかし、次第にそんな風に奮い立たせていただろう心は限界を迎え、母は酒に溺れた。明るく優しかった母は、ヒステリックな女へと変わっていき、穏やかな笑みは消えてしまった。やっていた仕事は止め、一日寝るか、酒を飲むかという日々を送っていた後、彼女の母親、つまり僕の祖母が様子を見に来た。その時の状態は本当に酷かったと思う。部屋は酒の匂いに包まれていて、床のあちらこちらに空の缶が落ちている。そして、虚ろな目をし、整えていない髪はぐしゃぐしゃだった母親。それを見た祖母は驚愕していた。 僕達は祖母の家に引き取られ、母は心療内科に通って治療。また、酒のせいで内臓がかなりズタズタだった事から入院。何度も祖母の泣く姿を目にした。 祖母の家に来たから中学は、知っている人なんて一人もいなかった。でも、それが良かった。小学校の頃は、母親の状態が近所に知れていて、学校でも通学路でもコソコソと話されているのが、息苦しかったから。 中学では意外にも温かく受け入れて貰えた。友人も出来た。良い人ばかりとは言えないが、少なくとも僕の周りにいた人達は皆優しかった。 寧ろ、家に居ることが苦痛になっていた。久しぶりに見た母親の状態とどこもかしこも白い僕の存在。それが祖母にとっては目障りだったのだろう。 「無表情で、気持ち悪いったらありゃしない。母親があんな状態だと言うのに。」 直接言われることは無かったが、陰で言われているのは何度も耳にした。祖父は優しく穏やかな人だったが、祖母が近付くことを許さなかった。 ふと、鏡の前に立って、自分の顔を見た。元から豊かな表情なんて持っていなかったけれど、今はまるで人形の様だった。気持ち悪いと言われてしまうのも仕方が無いと思った。 自分の口の端を指で上げる。しかし、手を離せばそれは直ぐに戻ってしまった。 「どうしたらいいんだよ。」 僕は鏡を叩いた。母があんな状態になって辛くて、でも、助けを求める場所なんて知らなかった。学校に居場所なんて無かったし、信じていた物は壊れてしまった。 「母さん。」 呼んでも、反応は返ってこない。それが余計に虚しかった。
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