第十三話 波多野千翔

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「あの子が小野寺君だっけ?波多野のお気に入り。」 「そんなつもり無いけど。」 「ありゃ、自覚無し?じゃあ、あの喋り方何よ。」 彼と帰ることが出来て二回目。寮内で会った水瀬と雑談していた。 彼を前にすると緊張して、上手く話せない。今ばかりは表情が無くて良かったと心底思う。 「てか、二人で並んでると、凄いよね。周りが硬直する。」 「勇君、全然気にしないけどね。」 「タフだなぁ、小野寺君。」 ついつい周りを気にしてしまう自分が小さく思える。彼と話せば話すほど、もっといたいという欲が出てくる。吃る僕の話をずっと聞いてくれて、表情は相変わらずだけれど、きっと思っていることはあっちも同じだろう。 そう言えば、セーターの裾を巻き上げた時見えた彼の腕は細くて綺麗だった。涼し気な顔をしていても、暑さは感じるんだな、とか彼を見ているだけでも楽しい。 「好き、って事かな。」 「ありゃ、自覚した?おめでとう。」 「でも、何でだろう。特別な事されて無いのに。」 「恋は降ってくるものって誰かが言ってたし。まぁ、きっと波多野の運命なんじゃない?」 運命。素晴らしい響きだと思った。けど同時に縛り付けるものであるのだと思った。勇君の隣にはいつも彼がいる。最近はあまり見かけないけど、胡散臭い笑顔を貼り付けた茶髪の彼。僕は彼が嫌いだった。傘を返しに行ったあの日、その子は独占欲丸出しの顔で勇君の手を引っ張っていた。二人は恋人なのだろうか?でも、勇君がそんな関係を望むようには見えなかった。 「波多野先輩、金井も一緒でいいですか?」 次の日、勇君は眼鏡の如何にも真面目そうな男子を連れていた。悪い子には見えないが、二人きりの時間を邪魔されるようで気に食わない。でも、今日の勇君はどこか機嫌が良さそうだし、了承してあげないと可哀想な気がした。過ごしている中で理由はよく分からないが、勇君が少なくとも晴れやかな気分でいる様子はなかったから。 二人と別れた後、自室に篭もる。カーテンを閉め、セーターを脱ぎ、帽子や手袋を脱いでいく。この季節になると慣れているとはいえ厚着でいるのはきつい。 いつもより楽しそうだった勇君の顔を思い浮かべ、嬉しい様な悔しい様なそんな気持ちに苛まれる。自分の前だけで豊かに表情を変える勇君を思い浮かべて、あの子の真心に触れたいと思った。 勇君の隣が欲しい。勇君の特別が欲しい。一緒にいればいるほど良くは溢れてきて堪らなかった。自分より細いだろうその体も伏せた長いまつ毛も、最初から印象的だったあの瞳も、全てが愛おしく感じた。独り占めしたいと思った。 母さんもこんな気持ちだったのかな。あの人に自分だけを見てもらいたい、そんな気持ち。何となく酒に溺れた彼女の事を肯定出来るような気がした。自分もきっと勇君が他の人に取られたら気が気じゃない。 「やっぱ、親子だね。」 誰かは嘲笑するかもしれない。でも僕は母親と同じ感覚を持っている事がとても嬉しく感じられたのだ。
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