第二話 主人公

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ガヤガヤとした雰囲気にラーメンやら味噌汁やらカレーやらの匂いがそこらからするここ食堂で、明らかに俺らの取り巻く空気だけは重たく冷たいものであった。 「勇?ねぇ、早く食べなよ。」 柊の笑顔の圧が俺に伸し掛る。俺は弁当の方に視線を落とした。 柊はいつも朝食、昼の弁当、夕食を作ってくれている。作らなくても良い、と言ったが「そうしないと、勇、完全食かウィダーインゼリー系しか食べないでしょ。」と包丁を持ちながら笑顔で言われ、本当にその通りではあるし、という事で高校生活から俺の食事は柊に一任していた。 今日もその柊手製の弁当であったが、今日はいつもと明らかに中身が異なっていた。 白米の上にはハート、星、クマ型にくり抜かれたノリやらハムやらが乗せてあり、ハンバーグはウインナーの耳が付けられ、チーズ、海苔で顔が作られている。そして、鮮やかな野菜は一件普通に敷かれているように見えるのだがよくよく見ると花やら蝶々やらが乗っていて、花畑がモチーフにされている事がわかった。 つまり、どういう状況かというと、食堂で開いてみたら中はファンシーなキャラ弁だったという事だ。勿論、そのデザインは俺だけで柊のいつものシンプルデザインである。 別にそのデザインを気にしなければ、柊のことだから味は申し分ない程においしいのだろうし、俺としてもそこまで気にはとめなかったのだが、今目の前に立つ柊はここぞとばかりにスマホを俺に向けているのである。 「大丈夫だよ。俺しか見ないから。安心して食べてよ。」 「それが嫌なんだが。」 ご丁寧に小さなフォーク&スプーンまでセットされてある。勿論箸などは無い。おまけに制限時間まであり、俺があと五分以内に食べきらなければ、柊の手元にある黒猫カチューシャを付けられるらしい。 俺はため息をついた。 事の魂胆は勿論、昨日の事である。隠していて、猪塚にバラされた、という訳ではなく、俺が柊に直接伝えた。何だかんだで不可抗力ではあったし、まぁいいだろ、という軽い気持ちで報告したら、これだ。 「勇、残すなんて事、しないよね?」 柊はこういう時、意地が悪い。しかも楽しそうにやるのだから尚悪い。 「…わかった。これは食べる、が写真とそれはやめてくれ。」 「…もー、しょうが無いな。」 漸く張り詰めた空気が消え、俺は柊に手渡された割り箸でファンシーなこのキャラ弁を食べた。その様子を目に焼き付けようと、こちらをニコニコしながらじっと見てくる柊のせいで弁当が上手く喉を通らなかった。 「で、勇は猪塚君のこと友人認定したってことだよね?」 「あぁ。成り行きでな。」 「あれだけ気を付けてって言った筈なんだけどなぁ。」 呆れ顔で不貞腐れている柊が持つカゴに2分の1にカットされたキャベツを入れる。 「今日、何が良い?」 「なんでもいい。」 「その返答が一番困るんだよなぁ。」 と言いながらも、機嫌は少し直っていた。柊に指定された食材を籠の中に入れていく。椎茸、人参、長葱、鶏肉……。 学校から徒歩三十分ほどにあるこのスーパーマーケットはショッピングモールかと思う程に大きくそして何より食材が安いらしい。 何処から仕入れたのか、入学する前そう言って俺の弁当を作ると言ってきた。 「勇は細いからいっぱい食べないとね〜。」 そう言ってエコバッグに買った食材を詰めていく。さっきまでの不貞腐れた顔はもう無く、鼻歌を唄いながら作業を行っていた。 細いのも筋肉が無く薄っぺらい体だということも自覚はしている。しかし、俺としては特に男の威厳とか理想の男像とかは興味が無いので、背が低いと言われようと、特に気にしはしない。 そもそも、食べる事がそこまで好きじゃないのだ。柊の作るものは美味しいとは思うが、自分からあれが食べたいだの、また食べたいだの言うことは無い。食への興味と欲が薄い。まぁ、それだから細いと言われて柊に毎日食べさせられるのだが。 それにしても、俺が食べている時、柊はじっと俺を見て嬉しそうに頬を緩める。あれが何だか擽ったい様な気がするのだが、大して嫌な気持ちにはならないのだ。 「食べるよ。」 「ん?」 「美味しいからな。」 柊は一度俺の顔をキョトンとした顔で見た後、変な顔をした。口角が引き攣り、眉は少し下がっていた。頬は赤くなっている。その後、目を細めて「ありがとう。」と掠れた声で言った。
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