第二話 主人公

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嫌なタイミングで目が合ってしまった。彼は俺を見るなりパッと顔を明るめて、こちらに駆け寄ってきた。 猪塚 陽太。どうやらこいつは強運の持ち主らしい。普通の学校にしては少ないにしても200人近くいるこの学校で背の低い俺をみつけるのだから。 「勇君!これからどこ行くの?柊君は??」 見えない尻尾が見えそうな勢いだ。成程、こういうのを犬男子というのか。 「柊は職員室だ。俺は…図書室に行こうと思ったが、迷った。」 「入学式の日も迷ってたんだよね。」 「あぁ。」 俺は極度の方向音痴だ。最早、迷い癖があると言った方が正しい。態とでは無いのだが、よく迷う。しかも、行き場所と正反対の場所にだ。小学、中学も家が隣である柊に連れて行って貰っていた。迷うので、外出は好きじゃない。柊に誘われれば行くかもしれないが。 「じゃ、俺と一緒行こう!」 「…危ない人には付いて行ってはいけないらしい。」 「俺危なくないよ?!?」 「俺は猪塚をよく知らない。警戒する理由としては十分だろ?」 今まで1度たりとも柊以外に友人など出来たことは無い。人間不信、という訳ではなく、ただ単純に人と仲良くするという事が苦手なのだ。隣で男子が馬鹿笑いしていても、何が面白いのか全く理解出来なかった。 「じゃ、これから知っていって貰いたいな。」 猪塚は笑顔でそう言った。穏やかな物言いだった。 そもそも、猪塚と友人になるを選択した理由は猪塚をよく知るためだった。つまり、これは俺にとって美味しい話でついて行く他ない。 「分かった。」 柊は怒るだろうか。不機嫌になるだろうか。だとしても俺は、柊をそうさせる理由(猪塚)に近付きたかった。 「じゃ、自己紹介からしよっか。」 九渡高校の図書室は趣がある。はっきり言えば古くさい。年中埃は舞っているし、暗い木のタイルがどこか不気味さを感じさせる。電気を付ければそれなりに綺麗には見えるのだが、怪談やら噂やらが人歩きしてここに来る人は中々居ない。それを知った時、俺はよくここに足を運ぶ様になった。古臭く、近寄り難い場所だが、俺にとっては一人で静かに過ごせる安地だった。 そんな場所だから、猪塚が話そうと誰も気にしない。司書さんの『静かにしろ』という咳払いも周りの人の怪訝な目もない。 「猪塚 陽向、1年C組。部活は今はまだ考え中。血液型はO型。好きな食べ物は、カレーパン。身長は165センチ。バスケとかサッカーとか体動かすのは好き。」 そう言ったあと、君も言ってと目配せをした。プロフィールと言っても、何を言えばいいか。 「…小野寺 勇。1年A組。好きなのは……ゼリー…?」 「身長は?」 「162…。」 「へぇ、案外ちっちゃい。」 「猪塚も低い方だろ。」 「そうだけどね。」 大抵の男子から見れば低いかもしれないが、そこら辺の女子よりは高いのだ。困ることは無い。 「どう?危なくないでしょ?」 「……まだ、測り兼ねる…。」 「え〜?」 猪塚はお茶らける様に笑った。 今の俺にとって信用どうこうはどうでも良かった。ただ、彼の事、更に言うと本質的な部分に触れたいと思った。だが、当の俺としては彼への興味自体は無いのだから、本当にその答えに辿り着けるかは微妙なところである。 「あ、もう一つ自己紹介。」 朗らかな笑顔の横に指を1本立てる。 「俺の想い人は小野寺 勇君。」 そう言って俺を指さす。前回とは違い落ち着いた声色で穏やかな表情であった。
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