マリー

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マリー

 四角形の穴が空いているだけでガラスも何も嵌らない、窓というよりは柵。その隙間から、僕は光に代わる眼差しを見上げていた。何かの本で見た、向こう側の世界では空にまばゆい光が鎮座していて、それを【 】と呼ぶらしい。……僕はやはり自身の知識が不自然に欠落していることに落胆する。  今読んでいる本だってそうだ。ここに載っている単語の一つも憶えられない。文字は認識できる。しかしそれが花の『名前』であれば絶対に頭に入らない。記憶に、アクセス制限がかけられている。  忌々しい、僕は何度目かの学習も諦めて本を投げ捨てる。柵から顔を出して覗いた先には、城の庭を闊歩する君の姿があった。  ぺたぺたぺた、壁も床も柱もが白一色の城内に、無数の足音が鳴る。僕と同じ病衣のような服を着て、同じ長い黒髪で、大量生産された同じ顔の人型どもが箱を抱えて走り回っている。箱の中には色とりどりの花。  この人型、BCに自我はない。送られてきた書類の通りに花を詰めた箱を、同じく自我のないLCに渡すだけの仕事を永久に繰り返す。城にはBCとLCの二種しかいない。僕も元はただのBCで、今は一本に結っている黒髪をだらしなく下ろして、あんな風に城を無邪気に駆けていた。
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