化粧

2/2
前へ
/22ページ
次へ
「お母さん、お母さん……」    翌朝、夕子は母親を自室に呼んだ。    パタパタとスリッパが跳ねる音が上がって来た。   「どうしたの? 夕子、朝っぱらから……」    線香の煙の匂いがフワリと薫った。    シャっとカーテンのレールが滑る音が聞こえ、キラキラとした光を感じた。   「お母さん、あの……私、お化粧がしたいの。ダメ?」    ふうっと息を吐く音が聞こえ、「いいわよ……」という母親の声が少し籠もっていた。   「……いいの?」   「……いいに決まってるじゃない……女の子がお化粧するのは当たり前よ?」    夕子は自室で化粧品の匂いに包まれていた。時々、母親の鼻をすする音が聞こえた。夕子も涙が溢れた。    甘く少し脂のような匂いが唇に引かれる。口紅だ。   「お母さん、覚えてる。小さいころ、お母さんのお化粧をイタズラして……あのときの匂いと同じだわ」   「覚えてるわ。夕子ったら、顔中に口紅をつけて凄くご機嫌だったのよ。それをお父さんに話したら大笑いだったのよ」    母親が笑い声が聞こえた。夕子も笑みが溢れる。   ✣   「はい、出来上がり……」    と母親が言いながら、髪に櫛を通してくれた。   「どう? お母さん、私……」   「ええ、とっても可愛いわ。夕子……」    母親の鼻をすする音が聞こえた。ため息の中に「ゴメンね」という声が混じる。   「お母さん……私の目は個性だと思うの。私の声とお母さんの声や顔が違うのと同じ……。まあ、時々、ちょっと不便だなって思うことがあるけど……。私は気に入っているのよ。毎日、色々新鮮だしね。私の目……。だから、お母さん……」    頬を涙が溢れる。母親の指先が夕子の涙袋を滑った。   「……泣いたらダメ。ダメになっちゃう。せっかくのお化粧が……」    二人の声が笑った。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

17人が本棚に入れています
本棚に追加