カウベルの音

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「あの、私、道探しているんですが……多分、美容室だと思うんですけど……安倍さんっていう人がやってるんですが……」   「ああ、もしかして……あ、はい、私が髪切ってるお店かも……」   「肘か肩、貸してもらってもいいですか?」    と、夕子は左手を少女の肩に置いた。肩の高さから身長は夕子と同じくらいだと思った。    夕子の右側を次々とエンジンの音が近づいては遠ざかる。その度、衝撃のある風が夕子の髪をなびかせる。   「最初に来たときより、車通りが多いみたい……」    身体に力が入る。振動と共に、大きな車の音が次から次へと近づく。    少女が立ち止まった。その筋肉を感じない腕が夕子の腕を通る。    身体の力がすうっと抜けた。   「今は歩道だからね、大丈夫だけど、時々自転車が危ないの」    ジャマだと言わんばかりに、夕子の後ろでブレーキの音がし、チリンチリンとベルの音がした。  夕子はビクリとして転びそうになった。    :    少女の足がスッと止まった。   「お姉さん、ここだよ」  と、少女が言うとコロンコロンと優しい空洞のある木を叩いたような音に迎えられた。    ――この音……。    安倍と来たときに聞いた音だ。   「こんにちは。あの……お客さん……安倍さんに……」    高い少女の声が呼びかける。   「ああ……ミキちゃん、チャッピィも一緒に偉いわねえ」    チャッピィの野太い声が短く吠え、クンクウンと喉を鳴らす。    落ち着いた少女の声がゆっくりとミキに話し掛ける。    ――この声……どこかで……聞いた事が……。   「ああ……オーナー、今までいたんだけど……」    ――オーナー? この間は安倍くんって……。   「安倍さん、足くじいちゃったって……」   「ああ、高い場所で足踏み外しちゃって。でも、もう大丈夫そうよ……」    フワリと石鹸の匂いがした。    ――あ、あのときの匂いだ……。    夕子は後ろに振り向いた。「ありがとう」とミキの方に手を振る。石鹸の匂いに頭を深々と下げた。   「あの……駅で……私、立花夕子です」   「ええ、覚えてますよ。名前も言わずにすみません。高橋麗(たかはしれい)と言います。この美容室のスタッフというか……中に入って……」    と麗が告げたあと言った。
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