カウベルの音

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「今日はお一人で……?」    麗の手のひらが夕子の肩を静かに押した。再び、コロンコロンと優しい音がした。ドライヤーで髪を乾かしたときのような匂いと石鹸の匂いに包まれる。   「いえ、途中でチャッピィちゃんとお散歩中のミキさんに連れてきていただきました」    沸々と夕子の心の奥で何かが煮えたぎる。   「あの……高橋さんは…………安倍さんの……安倍さんとお付き合い……」   「…………ねえ、だとしたら……?」    麗の声が静かに低い声で聞いた。   「私にはないです。勝ち目が……。だけど……」   「だけど……?」   「負けたくないんです。あなたには……」    夕子の後ろでカタっと音がした。膝の裏に冷たい感触があった。パイプ椅子だ。   「どうぞ」    と、麗に促され腰を降ろした。椅子がキュっと鳴いた。   「知ってる? オーナーが、なぜ足をくじいたか……」    夕子は小さく首を振った。   「世界が知りたいんだって……」   「……え? 世界……」   「……ええ、あなたと同じ世界を……ね」    ――私の世界……?   「えっ……私の……ですか?」   「オーナーは知りたいの。あなたが感じてる空気を……」    ――私が感じてる空気……?    麗が続ける。   「……だから、目隠しして、傘を杖にして階段を降りてるとき、最後の二、三段を踏み外して……」   「……落ちられた……んですか? でも、なぜ私の……?」   「……好きなのよ、あなたが……」   「だけど……麗さん……」    麗の冷たい手が夕子の手首を取る。指先で彼女の細い指を撫でる。冷たく固い物が指先に触れた。    ――指輪……? 結婚してる? 安倍さんと……。   「そう、私……夫がいるの。もちろん、オーナーじゃないわ。黙っていてごめんなさい。私も少し夕子さん……あなたが気になって……。どんな人か知りたくて……」    ――私……何やってるんだか……。    夕子の中の時間が止まっていた。
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