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第37話【百合編】
「百合。本当に綺麗ね。でももったいないな」
「えっ?」
「お母さん。寂しくなるわね。あなたが居なくなると」
大きなベルの音が鳴り響く教会の控え室。私は今日、高津義昭と結婚することになっている。父はこの日のために医師に相談し一時的な退院をする予定になっている。
母は父を迎えに行かず、使用人に任せていた。普段の母ならば父のことが心配でたまらないのだろうが、今日は娘の晴姿の方が見たいのか、ドレス姿に着替える私の隣でずっと一緒にいた。
総勢業界の上層部の方々が顔だして席につこうとしていた。高津がランソワールのスタッフたちにも招待状を送っていた。もちろん恭吾だって……。
それとは別に私は、恭吾にある手紙をしたためた。
私がお父様と高津を説得する一部始終の録音テープと結婚を拒否した後の高津の言葉を恭吾に送った。
でも恭吾の姿は愚か、ランソワールのスタッフは一名も現れずに、高津の友人や業界人たちばかりの顔が揃う。あとはモントロンダの人たちがすでに揃っていた。
父は容態も思わしくないため、車椅子ですでに席についていた。
高津との結婚で、母は娘の気持ちを第一優先で考えてあげて欲しいと父にも進言した。だが、父はそれを拒んだ。それでなのか、父のお見送りなどはせずに、私の準備も取り揃うところ、母がまたもや笑顔で言う。
「今日は本当に楽しみね。早くこないかなあ?」
「なに? どうしたの。私より浮かれてる感じがするわよ?」
「そう……。私浮かれてるの。フフフッ」
妙な笑みを浮かべる母とは対照的に、私は、内心ドキドキしていた。高津との結婚は本当はしたくない。父の手前、高津の悪巧みに乗せられたのだ。
「百合。俺と一緒にならないなら、もう今後お前に自由はない。お父様の意向でもある。従え」
そんな安台詞で、がんじがらめの結婚式だ。母にも父にも相談できず、私は今日この日を迎えた。たった一つの望みさえ今は風前の灯だ。そんな日なのにこれから起きることを父はおろか、母にも危害を加えられるかもしれない。
だが、私はそれを決行しようとしていたが、なかなか主役は現れてくれない。
Yuri:お願い助けて
あのメッセージの後、久しぶりに恭吾の声を聞いた。飛び出したいぐらいの気持ちだった。だけど高津に見つかった。なんとか隠し通すことはできたが、それ以来、私は一人過ごすことができずにいた。今も母は別として、高津の使用人たちに見張られている。
そしてとうとう結婚式の音楽が流れ始めた。父の代わりに母が私をエスコートする。教会の袖から二人歩いて高津が待つ誓いの場所へ進む。
牧師が誓いの言葉を聞いてくる。
「……誓いますか?」
高津は「ハイ」と答えると、私にも同じように聞く。
「……誓いますか?」
「いいえ!」
その瞬間だった。場内がざわつく。牧師が急に咳き込み、再度「誓いますか?」と尋ねる。
私は「いいえ!」と答えた。
高津は引きつった顔をしながら小さな声で「き、君は今更何を!?」
「いいえ! 私はこの方とは結婚いたしません!」
「な、何ー! ゆ、百合!」
お父様車椅子から立ち上がる。
「百合、私に恥をかかせるな。各界の方々がご来賓なんだぞ」
「いいえ。聞いてください皆さん。この結婚は政略結婚で、私はこの方と結婚する意思はありません。先日高津様に脅されました。結婚しないと自由はもうないと」
「き、君なあ? お、お、俺がそんなこと……」
「では、これを聞いてください」
突然教会内に音声が響く。
『結婚は、君が拒否したところで執り行われる。お父様も言っていただろう。これは会社を大きくすための縮図だと。君の感情など必要ない。これ以上私を侮辱してみろ。恭吾の命どころか、君自身の自由はないと思え。もうお前に選ぶ権利なんてないんだ。これはお父様の意向。従え!』
「これを聞いても尚、私たちを祝福できますか!?」
「き、貴様ぁ! 中止、中止だ」
そう叫ぶ高津は私を外へ連れ出そうとする。余計にざわつく教会内。母も驚きの顔をしながら私の後を付いてくる。
「間に合った!」
突然、教会の扉が開き声がする。そこには恭吾とランソワールのスタッフたちが勢揃いしていた。
「この音声は、俺たちに送った百合のメッセージだ。結婚式をハイジャックしに来た」
「おお、カッコいい鶴見店長?」
「ん? 俺、店長だっけ?」
「そうだぁ。俺は今度の新店の……。そんなことはどうでもいい。百合、行くぞ!」
「貴様! 鶴見恭吾! 今日という今日は許さんぞ」
「百合、これはどういうことだ。説明しろ!」
父の目が剝きだすのような形相だった。
私は、恭吾の手を取った。
「走れ! 外に車を回してある」
勝田店長たちは、ねずみ花火を教会内で、飛ばした。
バチバチとうるさい音が鳴り響き、煙で教会内が覆われた。
「そうなるのよね。百合、元気でおやり。ほらっ! 忘れ物」
母さんが教会の外までにこやかに駆けつける。
「受け取るのはあんた自身。しっかり生きてくのよ。お父さんのことは気にしないで!」
母が大声で叫んで、私にブーケを投げた。
車に乗る私はブーケを取ると、勝田店長の車で式場から走り去った。恭吾が言う。
「これから、北に逃げる。俺店長の座諦めてここに来たんや。百合も覚悟決めた?」
「当たり前でしょう? あなたといるといつもハラハラドキドキ!」
「はあ、それはお二人様一緒でしょう」店長は高速に乗った。
「ああ! 無い」突然恭吾が叫んだ。
「何? どうしたの?」私は恭吾に問う。
「いや、指輪がないの……」
「はあ? あなたらしいけど……」
「ごめん。店長のコーヒー缶借りますよ」
恭吾はコーヒー缶のプルトップを取った。
「これで勘弁して。いつかまた埋め合わせするから」私に恭吾は笑顔で言う。
「やっぱりあなたらしいけど、最後がダサいわよ」
私は笑顔になり、恭吾は膨れた。
缶(完)
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