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第29話【百合編】
母との電話の後、私は自分がどうすべきか悩んだ。このまま父の元へ駆けつけては、これまで自分がしてきた行動が馬鹿らしく思えて仕方なかったからだ。だけど、父の容態も心配ではある。
父とは神戸オリエンシティホテルでの合同パーティ以来会っていない。その後父のもとを飛び出した私はこの今まで自分自身で決めて行動して来たつもりだ。
恭吾に助けられた縁もあり、恭吾に惹かれた。そして先日の高津との対峙で尚、恭吾に惹かれた。
だから私は恭吾に身を委ね、全てを懸けて彼を愛したいと言う気持ちが芽生えた。だから高津と対峙してでも絶対に自分の気持ちは曲げないと。
だけど、先日、恭吾が襲われてからと言うもの、その気持ちも揺らぎ始めている。恭吾が何故警察に行かないのかを私はわかっている。
それは高津が何か裏で絡んでいることも。警察沙汰にでもなれば、父の身体の心配だけではなく、会社自体が危うくなること。だから私は勝田店長にお願いをしようと早朝だったけど電話を入れた。
「あれ、三隅さん。どうしたの? こんなに朝早くに」
「店長すみません。ちょっとお願いがあって」
「あれ? 奢ってくれるの?」
「いえ、ちょっと父が倒れまして、東京に行くことにしまして」
「ああ、少しお休みするのね? だったら鶴見くんにも言っておくね」
「いえ、言わないで欲しいんです」
「えっ何で、心配すると思うよ?」
「いえ、病状もありますが、父と真剣に高津さんとのことを話してこようと思います」
「それなら尚更、言っておいた方が良く無い?」
「いえ、もしかしたら、もう戻れないかもしれないので」
「なるほど。嘘をつけと」
「すみません。でも私の確証が正しければ、父は私の意見を聞いてくれるはずなんです。だからそれまで待ってて欲しいんです。戻れないかもしれないことも承知の上です」
「君、すごい覚悟決めたね。わかった。うまくやっとくよ。でも本当にいいの?」
その言葉に少し躊躇しかけた。だけど私は「はい」と答えた。
「わかった。じゃあ気をつけて。最後に言っておくけど、君はひとりじゃないからね。それだけは覚えておいて」
「はい。ありがとうございます」
電話を切ると何だか力が抜けてリビングのソファに転がった。
「はい」だなんて、私は自分に嘘をついている。
本当は恭吾と一緒に父の元へ行きたい。行って父を説得できるものならばして、堂々と京都へ戻って暮らしたい。でもそんなことをすれば、床上の父の容態はどうなるんだろうか。ひとまずは父の元へ帰り、安心したところで父と高津さんを交えた話し合いをしなければ……。
なんてそれも嘘。
私はもうどこにも行きたくない。勝田店長にも嘘をついたのかもしれない。この切羽詰まった状況に自分自身に嘘をついて、何もしないままずっと眠っていたらどうなるだろうと、横たわったままカーテンも開けずに時だけが過ぎた。
いつの間にか眠っていた。どうすればいいの。夢の中では楽しげに笑うのに目が覚めると涙していた。自分自身に嘘をつき、勝田店長にも、恭吾にも嘘をつこうとしている。一体私はどうしたい。自分でも自分がわからなくなる。
目を覚したら昼はとっくに回っていた。昼食もとる気が起きず、飴玉を舐めて空腹を誤魔化す。スマホが鳴った。恭吾からLINEだ。思わず返事をだしそうになったが、テーブルにスマホを置いた。すると直ぐに着信音が鳴り響く。
恭吾の気持ちが痛いほどわかった。
ーーイヤッ!
自分で自分がイヤになり、耳を塞いだ。そのままバスルームへとふらつきながらたどり着き、服をおもむろに脱ぎ、シャワーを勢いよくだしてスマホの着信音をかき消そうとした。頭からずっと私はシャワーを流しっぱなし。涙かお湯かわからないものが頬を伝いながら物思いに更けた。
もう自分の気持ちがわからない。恭吾。好きなのに何で自分は素直じゃ無いんだろう。私は自分と周りに嘘をついて逃げようとしているだけだった。
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