第32話【百合編】

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第32話【百合編】

 ろくに父と会話をすることなく検査が開始された。  母から、父が倒れた時の状況を聞いた。吐血で救急搬送だった。高津もその場に駆けつけて、父はその場で手術を受けて、なんとか意識を取り戻した。そして今日も検査と慌ただしくなる。容態は快方に向かっているらしいが、まだ今日の検査次第で入院が長引く可能性だってある。  三十分もすると検査室から出て来る。  一週間後にまた内視鏡の検査を受ける。それまでは入院ということになった。もしこれが京都で倒れていたら、京都で会うはずだったのに。ここは東京たまたま高津と本部で打ち合わせの最中での出来事だった。検査後、父は眠りについた。  それを見計らって、母と父が仮住まいしてあるマンションへとやって来た。荷物を持ち、また病院へと戻る。父が目を覚ましてた。  検査の結果が伝えるため医師と看護師がやって来た。今のところ問題はない。ただし、念のため十日間の入院生活となった。  私は気を見計らって父と高津さんとの話をしたいと父に持ちかけようとしたが、母がそれを止めた。  とりあえず退院後まで、父のそばにいて欲しいと母にせがまれた。退院後、父と話をしなさいと。それまでは母と父の仮住まいのマンションに身を寄せていた。  父と対峙するまで、恭吾のことが気になった。だが、スマホはずっと切ったままで十日間を過ごした。  十日後退院の日。高津が現れた。父の容態を確認すると、高津は、父と私たちを「送りますと」言い車に乗せる。しんと静まりかえる車中、父が口火を切った。 「百合も戻ったことだし、高津さん、あの件を話してみてはどうかね?」  父の言葉で高津さんが運転をしながら私に問いかけた。 「これから、神戸に行く気はありませんか?」 「はっはい?」  私はいきなりの誘いで戸惑った。聞けば高津の別荘が神戸にあるらしい。そこで父も母と一緒に来ないかという提案だった。父の養生する目的でもあり、三隅家水入らずに過ごす機会だと。私は何も答えなかった。するとそれが分かったのか車は高速に乗る。 「百合、一度きちんと話をしたいと思っておったところだ。高津くんもいることだし。このまま別荘に向かってくれて結構だ」 「お父様。私は京都で降ろしてください」 「また、逃げるのか。私と話があるんではないのか? 母さんから聞いているぞ」 「おっお母さん……」  高津がいる前で、父と対峙するとは思ってもみなかった。 「まぁいい。話し合いは着いてからだ」父はゆっくり言った。  私は窓の外をずっと見ていた。夕方、神戸の高津の別荘付近に近づいたのか、高津は誰かに電話をしていた。しばらくするとずっと外壁が続く邸宅に車はつけられた。 門構えが大きく、その前にお手伝いさんらしき人物たちが私たちの帰りを待ちわびていた。  ドアを開けられる。「お待ちしておりました」と総勢十名以上でお出迎え。まるで旅館だ。異様な風景は私に安堵など与えてくれる場所ではないことを悟った。  なぜ父と高津は私をここに誘ったのか不思議だった。本当に家族水入らずで過ごせと言うのならば、京都の自宅へ送っても不思議ではないはずが、父はなぜ神戸を選んだのか不思議でならなかった。  とりあえず使用人たちがすべての準備をしてくれた。 「案内してくれたまえ」  高津が、使用人たちに指示を出し邸宅へと案内する。  どうやら私の部屋まで決まっているらしい。その部屋に案内された。中に入るとベッドとテーブルに椅子しかない閑散とした部屋だった。私はそこの椅子に腰掛けた。 「紅茶かコーヒーどちらになさいますか?」  使用人が私に促す。私は紅茶を頼んだ。しばらく窓の外を眺めていた。すると誰かがノックする。 「はい」  答えると父がゆっくりと入ってきた。 「ここがお前の部屋か。広いな」 「私に部屋など与えて、どう言う意味ですか」 「いやいや、高津さん優しいじゃないか。わざわざ一人一人部屋を与えるなんて」 「そうですか」  また沈黙が流れた。だがここでも口火を切ったのは父の方からだった。 「どうだ百合。言いたいことがあるんではないのか? 思いの丈をぶつけてみろ」  父は全てを分かった上でそう言っているのか疑問だった。私は躊躇しながらも、恭吾の話をした。 「私、きょ京都に好きな人がいます。今働いているランソワールと言う店です。一度お父様に会わせたいのです。だから、高津さんとの婚約はできません」 「ほお、好きな人ときたか。でもな百合、これは私が高津さんと話し、決めたこと。婚約はしてもらう。否、来年のお前の誕生日に結婚式をあげてもらう予定だ」 「お父様。私の思いも聞いてくれないのですか。ちなみに高津さんは、私の彼氏である人を襲ったのですよ!」 「襲っただと? そんな馬鹿な話があるものか。あとで確認しておく。しかし百合。どこぞのやつか知れん男など忘れてしまえ。百合には高津さんが必要だ」 「どう必要だというのですか。私はあの方のことを好きにはなれません」 「今はそうかも知れんが、いずれ分かる時が来る。彼はやり手だよ。高津さんに付いて行けば何不自由ない人生が送れるんだ。何もお前が苦労することはない」 「私は今、苦労しているとは思ってません。私は私の人生があるんです。会社の契約だかなんだか知りませんが、私を物みたいに扱うのはやめていただけませんか。お父様」 「百合……。言うようになったな。ワシにそっくりだ。ハハハッハ。まぁいい。しばらくココでゆっくりしてはどうだ。みんな家族になるんだ。悪いようにせん」 「お父様が言いたいことも分かるつもりです。ですが、私は自由に自分の選択で人生を進みたい。好きな人と一緒になることは不幸せですか? お金があろうとやり手だろうと幸せだとは思いません」 「時期に彼の良さが分かる。それまで一緒にいてはくれんか。時期にワシはいなくなる。ワシの願いなんだよ」 「……まるで自分はここで余生を過ごすような口ぶりですね。お父様」 「ああ、もう長くはない」 「嘘! 手術も成功だったのでは? 内視鏡だって問題ないと母から聞いています」 「母さんには、百合にワシから言うからと、内緒にしておいてくれと言ってあったからな。あと持って一年だそうだ。癌のステージ3」 「えっ!? う、嘘でしょう?」 「じゃなければ、ワシは仕事に戻る気満々じゃ。それができないからワシはココに来たんだ。百合。どうかワシの願いを聞いてくれまいか」
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