第33話【百合編】

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第33話【百合編】

 ひどい話だ。他人である高津には、自分の命のことを先に話、血の繋がった娘には自分の意見を押し通すために真実を隠す。そんな父の姿が余計に嫌いになった。私は紅茶の到着など待たずにすぐに部屋を飛び出した。 「どこに行かれるのですか?」  使用人の言葉など無視して、何も持たずに邸宅を飛び出した。  ――走った。  どこに向かっているかわからずに走った。川沿いに差し掛かった。ヒッチハイクをしようと思ったが、誰ともわからぬ人の車に乗るのは危険だと思い、川辺をずっと歩いた。  小一時間は歩いただろうか。神戸駅こちらと書かれた看板が目についた。だけど財布も携帯も持っていない私はどこに行くこともできずに、川沿いの橋桁で座り込んだ。もうすでに夜ヘッドライトが行き交う中、一人橋桁の下へと行き、身をひそめた。明日までこのまま起きておこうと思った。だけどもう歩くのに疲れた私は、橋の下で眠っていた。明るい日差しで目が覚めた。上着は来ていたが起きた瞬間にくしゃみをした。風邪を引いたのか、頭が重い。橋桁の下から橋の上に上がる。神戸駅へと書かれた方面へまたゆっくりと歩き出した。  しばらくすると駅が見えて来た。駅の前のベンチに腰掛けた。  どこへ向かいたいのか。もちろん今は京都の恭吾のところだ。安易に考えては逃げる私自身だ。自分でも馬鹿だと思いつつ歩き出した。神戸市内、メリケンパーク近く。そうだ。この道だ。  思い出した。あの時神戸で高津から逃げ出した時もこの道を通ったのだと太陽が真上に来ないうちに神戸メリケンパーク付近にいたのだ。だけど私の足は悲鳴をあげていた。国道沿いで一人しゃがみこむ。黒のバンがゆっくりと私の座っている付近で止まった。この車どこかで見た記憶があった。ナンバーまで覚えていないが車種はあの恭吾が襲われた時のものと同類の車だ。パワーウインドウがゆっくりと開いた。 「どうされましたか?」  髪の長い女性が声をかけて来た。私は顔を上げた。疲れ切っていた私はぼーっとその車に乗る女性を眺めるだけしかできずにいた。頭が痛い。体に力が入らない。 「すみません。歩き疲れてしまって」  そう言うと女性はドアを開けて車を降りて来た。 「大丈夫ですか。乗ってください。このまま歩いてどこに行く気だったのですか」  その口調に怪しさを感じつつも私は、その女性に腰を抱えられ、車の後部座席に乗せられた。 「はあ、心配かけて。ダメな人ですね。やっと見つけた。百合さん……」  そこには笑顔の銀縁眼鏡の男性がいた。後部座席に座り私の体にシートベルトをかけて車を出させた。疲れ切っていたのと、喉が渇いていたのと、頭が痛いとの体がふわふわしていた為、その問いかけに私は無言のまま眠ってしまった。 ◆◇◆◇◆◇  気がつくとシャンデリアがある天井だった。ゆっくりと体を起こした。ベッドの上だった。どこの家かわからない。窓を開けようとカーテンを開けた。が、窓の外は階下に神戸の景色が広がっていた。多分ここは高層マンションの一室だとわかった。  頭が痛い。体もまだ全快しているわけではなかった。部屋にはベッドだけが置かれ、その上にはシャンデリアがある。広さは十畳ぐらいだろうか。観葉植物以外何もない部屋の扉のノブを回し廊下に出た。  廊下は意外に狭く、玄関も暗く明かりは差し込んで来ない。暗がりの廊下を玄関扉へと思われる扉に近づく。  すると突然扉が開き、銀縁の眼鏡の男性が入って来た。 「やあ、ようやくお目覚めかい? 食事でもどうです? 調理するから座ってね」  男性は慣れなしく声をかけて来た。 「いや、ここはどこ? あなたは誰? なんで私こんなところで……」  男性は慌てた様子もなく慌てたのは私の方だった。 「まあまあ、質問ばかりやな?」    私は慌てて玄関とは逆方向に廊下を走り扉を開けた。大きな二十畳はあるだろうリビングダイニングに出た。テレビにソファに観葉植物に窓はグレーのカーテンで締め切られ薄暗い。 「大丈夫だって。何か危害を加えることはしないから。ただ(ほとぼ)りが冷めるまでここにいてもらうよ。俺はここであなたの世話係をする柚月(ゆづき)って言います。よろしくね。あと女性も数名いるから安心して」 「ここは、どこ? あなたは誰? 安心してって何?」 「あれ、また質問。今はそれ無しね。とりあえず落ち着くまでゆっくりしてて、お願いだから」  私は男の声など無視して玄関口らしき扉付近で靴を探したがない。そのまま素足で私は扉を開けた。だだっ広い通路に出た。通路には何個もマンションの扉らしきものがあった。  素足でエレベーターを探した。通路を曲がるとエレベーターの扉らしきものとボタンがあった。それを押す。だが、何も上がってくる気配はない。 「やれやれ、本当にあなたってじゃじゃ馬ですね。聞いている通りだわ」  男が後ろからやってくる。 「何、いや、叫ぶわよ」 「大丈夫やって、それに叫んでもここの部屋全部社長のものだから誰も来ないよ? それにそこ指紋認証した人じゃないと上がって来ない。残念だけど、おとなしく戻った方がいいと思うけど? 何にもできないから。安心して」  私には到底安心できる状況ではないにも関わらず何度もその男性は、その言葉を連呼した。
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