11 十月三日(十日目)

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「うぁ……う、うぉおおあぁ、ああああああああっ!」  両手で柄を掴んで、彼は一気に包丁を引き抜いた。途中で引っ掛かっていた肋骨を、がりがりと削る振動。もはやこれ以上の痛みはないと思っていたが、どうやらそれも甘かったようだ。気が遠くなりつつも、失神することもできない。もはや狂うしかないのではないかとすら思える、想像を絶した苦痛。 「ああ、あ……ああ」  刃先が完全に体外へと抜けた。思ったほど、血は出なかった。けれど確実に、何かがそこから零れ落ちてゆくのがわかる。おそらく、それは生命そのもの。赤く染まった視界の中に、いくつもの黒い穴が開いているように見えた。その向こうは虚無だとわかる、底なしの黒。ああ、たぶんそこにあるのが死なのだ。俺はどうしようもなく納得する。 「おに……ぃ、ちゃん……」  か細い声が聞こえて、鉄のように思い頭をもたげた。弥生の声は、もう聞こえないはずだった。ならば、あとはひとりしかいなかった。 「……かんな?」  数メートル離れた、リビングとダイニングの境のあたり。かんなは、両手をだらりと下げて立っていた。まだ苦しげに顔を歪めてはいたが、もうさっきまでのような泣き声は上げていない。 「ごめ……ん、ね。あたしが……悪いの」 「そんなこと、ないぞ」  護は壁から離れ、一歩踏み出した。ゆっくり、ひどくゆっくりと前へ。今にもくずおれてしまいそうな身体を、震える脚で辛うじて支えながら。 「違うの……あたしの、せいなの。あたしが、この……この子を、呼んじゃった」 「大丈夫だ」励ますように、彼は言う。痛みは麻痺したわけじゃない。今にも気が遠くなりそうだ。それでも。「今、お兄ちゃんが……そいつを、追い払ってやる」 「駄目なの。あたしには、わかる。もう……無理なの」  首を振ろうとしたのか、かんなはぶるぶると身を震わせた。もう、そんな動作さえもできないようだった。
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