11 十月三日(十日目)

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 影に促されて、俺はようやく立ち上がる。ゆっくりと歩き出す。覚束ない足取りで、今にもまた崩れ落ちそうだ。けれども傍らの影は、意外にもしっかりと俺を支えてくれていた。  扉を開き、廊下に出る。一歩ずつゆっくりと階段を降りる。おぎゃあ、おぎゃあという泣き声が、徐々に大きくなってくる。近付いてくる。  階段を下りきって、その先にリビングのドアが見えた。そこで、俺の足がすくんだ。駄目だ、行くな。俺の中で、まだ誰かが叫んでいる。誰かが俺の足を引っ張っている。離せ。俺はあそこに行きたいんだ。俺はあそこに行かなきゃならないんだ。 「……行こう?」  弥生が耳元で囁いた。ああ、そうだな。行こう。俺は頷く。 「大好きだよ、お兄ちゃん」  その言葉のあとで、温かいものが頬に触れた。弥生の唇だった。心まで蕩かすような、妹のキス。 「だから、ね……?」  いつかの言葉が耳に蘇る。だから今度は、わたしのこともちゃんと殺してね。 「……ああ」と、俺はもう一度頷いた。  そうしてまた歩き出した。一歩一歩、リビングの扉が近付いてくる。あそこへ行けば、楽になれる。息ができる。それ以外のことはもう、考えられなかった。  扉が開いた。次の瞬間、俺は幻影の中へと飛び込んでいた。
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