11 十月三日(十日目)

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「親……父?」  そこに倒れていたのは父親、真島政孝だった。いったい何箇所刺されたのだろうか。胸も腹も真っ赤で、あちこちから今も血を溢れさせている。 「親父、いったいこれは……何があった、何があったんだよ」  護は震える足で歩み寄ろうとしたが、それもできなかった。だからがっくりと膝をつくと、這うようにして父の傍へと近付いてゆく。 「わからん……私にも、何が何だか……かんなが、いきなり、ああなって……母さんを、刺した」 「わかった、もう喋るな……親父、すぐに救急車を呼ぶから……」  護はまだ混乱しているのか、自分で何があったと尋ねたのも忘れてそう言った。けれど父は震える手を伸ばし、弱々しく息子の肩を掴んだ。 「私たちは……もう、いい。お前は、妹たちを……助けろ」 「何言ってんだよ。待ってろよ、すぐに呼ぶから……」 「……違……うっ」  父が呻くように言った。その思いもかけぬ語気の強さに、護は続く言葉を飲み込む。 「お前は……妹たちを。弥生を、守ってやれ。かんなを……救ってやれ。それが……」 「もう……喋るなって」 「いつも、言って……きただろ。お前は、兄貴、なんだから。妹たちを……それが、お前の……」 「……あ」  そのとき、護は雷に撃たれたように理解した。小さなときから、家族になったときから、彼は言われ続けてきた。父からも、母からも。お前は兄貴なんだから。あなたはお兄ちゃんなんだから。まるで「だから我慢しろ」と言われているようで、彼はその都度不満を溜め込んできた。自分だけが割を食わされているかのように感じてきた。でも、違ったのだ。  口下手で不器用なこの人たちは、そうやって自分に伝えてくれていたのだ。お前は家族だと。妹たちの兄貴で、自分たちの息子だと。それを、つまらない僻みで目を曇らせ、耳を塞いで。理解しようともしなかった。やっぱり、馬鹿だったのは自分だ。心を開かなかったのは自分だけだったのだ。
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