11 十月三日(十日目)

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 俺の声は、届いているのか。もしかしたら、少しは届いているのかもしれない。それでも彼は、足を止めなかった。止めるわけにはいかなかった。 「かんなっ!」  護はとうとう身を震わせて、大声で彼女の名を呼んだ。赤子の泣き声が止んだ。そうしてゆっくりと、顔だけがこちらを向く。まるで歯車の軋みが聞こえてくるような、機械じみたぎこちない動きだった。 「何をやっているんだ、お前は。どうして……」  いったいどうすればいい。どうすればお前は元に戻る。護はそれもわからないまま、怪物と化した妹と正対した。たとえ手立てはなくても、呼びかけ続けるしかない。そうすればきっと届く。そう信じて。 「おぎゃあああああああああっ!」  しかし次の瞬間、奇声とともにかんなが跳んだ。四肢を一気に伸ばし、ほとんど人体の常識を超越した動きで数メートルを飛び越え、小さな身体を弾丸にしてぶつけてきた。まるで車に撥ねられたかのような衝撃に、護はリビングまで吹き飛ばされ、ソファをひっくり返しながら転がり落ちる。 「くっ……」  起き上がろうとして触れた腹部に、ぬらりと熱いものを感じた。見ると、掌が赤く染まっていた。続いて臓物を掻き回されるかのような違和感と激痛。耐えきれず、再び床に突っ伏して身体を丸める。刺されたのだと、理解したのはそれからだった。俺は自由もないまま、その痛みだけを共有する。声も出せぬまま、彼の中で絶叫しながらのたうち回る。 「なぜだ……なぜだよ、かんな……」  彼はようやく顔だけを上げて、妹を見やった。かんなはいつの間にかダイニングテーブルの上に立ち、胸を反らしてこちらを見下ろしている。その口が歪みながら開き、喉の奥から再びあの声を吐き出す。おぎゃあ、と。 「わからないのか、俺だ。お前の兄貴だ……お兄ちゃん、だぞ」  ああ、それとも。これまで兄らしいとこなんてひとつもなかったからか。勝手にいじけて、僻んで、お前たちの兄であろうとしてこなかった。それを怒ってるのか。それなら仕方ない。でも、やっと気付いたんだ。俺はこれまでもずっと、これからもずっと、お前たちの。
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