229人が本棚に入れています
本棚に追加
「が……はっ……!」
もはや痛みは全身を駆け巡っていて、どこに傷を負ったのかもわからなかった。ただ、右胸の下あたりに違和感があった。恐る恐る手をやると、そこから固いものが突き出していた。かんなが握っていた包丁だった。おそらく肋骨で引っ掛かって抜けなくなったのだろう。それでもその先端が肺を破ったのか、口の中にあとからあとから血がこみ上げてくる。
「どうして……」
わずかに接触したのだろう、よろけて倒れた弥生が、再び上体を起こした。
「どうして……かんな。殺すなら、わたしを殺せって言ってるでしょう……」
「だから……無駄なんだ」
ごぼごぼと、血で喉を鳴らしながら、護は辛うじて言葉にした。
「今のお前は、かんなには……見えてないんだよ」
「何でよ、だって……お兄ちゃんには!」
「俺、だけにだよ。見えてるのは……あの、成田って人の、おかげかな」
たぶん、あの鏡と同じだ。この幻影が、弥生の形に切り取られ、穴が開いているのだ。だから、護にだけは彼女が見える。けれどそれも、彼がこちらに向かって窓を開いているからだ。けれど、真島かんなは違う。彼女には、本来のこの幻影しか見えていない。彼女の世界では、弥生は今も二階の自室で眠りについているのだから。
「でも……おかげでわかってきた。そうか……こういう、ことだったんだな」
何がわかったって言うんだ。俺は伝わらないとわかっていて、それでも彼に問いかける。
「結局、こうしかならなかったんだろ。こうなるって、最初から決まってた……くそっ」
涙が滲むのがわかった。こんな悲劇を避けたかった。けれど、どうにもならなかった。なるほど、結局こうしかなりようがなかったのか。
最初のコメントを投稿しよう!