11 十月三日(十日目)

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「が……はっ……!」  もはや痛みは全身を駆け巡っていて、どこに傷を負ったのかもわからなかった。ただ、右胸の下あたりに違和感があった。恐る恐る手をやると、そこから固いものが突き出していた。かんなが握っていた包丁だった。おそらく肋骨で引っ掛かって抜けなくなったのだろう。それでもその先端が肺を破ったのか、口の中にあとからあとから血がこみ上げてくる。 「どうして……」  わずかに接触したのだろう、よろけて倒れた弥生が、再び上体を起こした。 「どうして……かんな。殺すなら、わたしを殺せって言ってるでしょう……」 「だから……無駄なんだ」  ごぼごぼと、血で喉を鳴らしながら、護は辛うじて言葉にした。 「今のお前は、かんなには……見えてないんだよ」 「何でよ、だって……お兄ちゃんには!」 「俺、だけにだよ。見えてるのは……あの、成田って人の、おかげかな」  たぶん、あの鏡と同じだ。この幻影が、弥生の形に切り取られ、穴が開いているのだ。だから、護にだけは彼女が見える。けれどそれも、彼がこちらに向かって窓を開いているからだ。けれど、真島かんなは違う。彼女には、本来のこの幻影しか見えていない。彼女の世界では、弥生は今も二階の自室で眠りについているのだから。 「でも……おかげでわかってきた。そうか……こういう、ことだったんだな」  何がわかったって言うんだ。俺は伝わらないとわかっていて、それでも彼に問いかける。 「結局、こうしかならなかったんだろ。こうなるって、最初から決まってた……くそっ」  涙が滲むのがわかった。こんな悲劇を避けたかった。けれど、どうにもならなかった。なるほど、結局こうしかなりようがなかったのか。
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