11 十月三日(十日目)

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「嫌よ……そんなの」往生際悪く、弥生はなおも食い下がる。「かんなぁ……殺してよ。わたしを殺してってば……」 「弥生……?」 「だって、もう嫌なの。そっちへ行きたいの。わたしも、あなたたちのところへ……」  護は萎えかけた脚に力を込めて、壁に背を預けながら、じりじりと立ち上がろうとする。立ち上がる。 「弥生……やめろ。そんなこと、言うな」 「呪われててもいいの。この家に繋がれてたっていい。わたしもみんなと、一緒にいたいの。いたいのよぅ……」  床に伏せたまま、彼女は両手をばたつかせて、少しでも妹に近付こうと這い進んでゆく。いつも能面のようだった顔はぐしゃぐしゃに崩れ、両目から大粒の涙をしとどに零しながら。 「一緒にご飯食べたいの。一緒にテレビ見て笑いたいの。お兄ちゃんに勉強教えてほしいの。かんなの勉強見てあげたいの。お母さんと一緒にお料理したいの。お父さんにテストの点数褒めてほしいの。一緒がいいのみんなと一緒に……一緒に」  ずるりと手を滑らせて、弥生はまた床に突っ伏した。そしてとうとう力尽きたように、そのまま起き上がることもできずに、身を震わせて絶叫する。あの真島弥生が、子供のように泣き叫ぶ。 「もう、ひとりはいやなの……いやあ、ひとりはいやあああああああああぁ!!!!」  尾を引くような残響に、がりがりっというノイズが混じってゆく。黒衣の背中が揺れ、霞み、やがて消えてゆく。護はそれを見たくなくて、きつく目を閉じた。 「ごめんな、弥生」  護は口の中でそうつぶやくと、胸に刺さった包丁の柄を掴んだ。何をするつもりか気付いて、俺も激痛に備える。覚悟する。
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