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「ねえ、お兄ちゃん……ごめんね。痛いよね……」
「何だ、このくらい。へっちゃらだ……」
「これ以上、あたし、ひどいこと……したくない、の。お姉ちゃんにも……お姉ちゃんのことも、殺したく……ない」
かんなの両目からも、涙が零れ落ちる。頬を伝って、顎の先から滴ってゆく。
「……お兄ちゃん。あたしを、止めて」
護はきつく目を閉じた。もう、それしかないことはわかっていた。自分がそうすると、とっくに決まっていることも。それでも、そう簡単に決断できることでもなかった。できるわけがない。
かんなを、救ってやれ。さっき、父親はそう言っていた。そうすることが、あいつを救うことになるのか。そうなのかよ、親父。護は胸の中で、父親に問いかける。それで救ったってことになるのかよ。
「おね……が、い……だから、お願い……お兄ちゃん」
かんなはそう繰り返す。途切れ途切れに、そう言葉にするのがやっとといった様子で。
また一歩、前へと踏み出した。一歩、もう一歩。少しずつ、かんなが近付いてくる。包丁を持った腕を上げる。血でべたついてぬめる柄を、両手でしっかりと握り直す。
「ごめんな、かんな……」もう声にならなかった。それでも、彼は続ける。「もう、これしかできない。俺は……お前を、助けてやれない」
いよいよ彼は、かんなの前に立った。持ち上げた刃先を、ちょうど鳩尾のあたりに突き付ける。妹は逃げなかった。苦しげに身を震わせながら、必死で耐えている。せっかく奪い返した身体を、化け物に再び渡すまいと。
「……ごめんな」
かんなの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。「お兄ちゃん、大好き」
護は渾身の力を込めて床を蹴り、最後の一歩を踏み出した。すでにいくつもの命を奪い、切れ味の鈍っていた刃が、ぷちぷちと血管を千切りながら肉の中へとめり込んでゆく。その感触まで、俺は彼と共有する。その手で、人間の命を奪う手応えを。
「痛い……痛い痛い、痛いよう」
護はもう一度「ごめんな」と繰り返し、それでもなおも刃先を突き入れた。妹の形相がさらに歪み、顎が外れるほどに開いた口がまた奇声を吐き出す。
「おぎゃああああああああっ!」
そのまま体重を掛けて、縺れ合うように倒れ込む。先端がついに背中の皮膚を突き破り、床板に突き当たって大きくぶれた刀身が、柔らかい臓物を一気に断ち切った。
「ぎゃああ、あぎゃ、あぎゃあ……ぎゃ……あぁ」
断末魔が次第に切れ切れとなってゆく。そしてとうとう、静寂が訪れた。
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