11 十月三日(十日目)

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 護は妹の身体に折り重なったまま、起き上がることもできずにいた。かんなを苦しめてしまわなかったか、それが怖くて、護は妹の死に顔を見ることはできないようだった。 「……これでいいんだろう?」  彼は声に出して尋ねた。もうここに、彼の世界に、彼の他に生者はいなかった。だから尋ねる相手は彼自身だけ。そしてその中にいる、俺しかいなかった。 「なあ、これで……よかったん、だろ?」  わからねえよ、としか答えられなかった。その答えが届いたか届かなかったか、彼はふっと笑って、「そうだよな」とつぶやいた。  彼にまだ、こんな力が残っていることに俺は驚いていた。壁に引き摺ったような血の跡を残しながらも、とうとう二階まで階段を上り切ると、真島護は廊下を奥へと進んでゆく。その先にあるのは、弥生の部屋だった。  そこに彼女がいないことは、護だってわかっているだろう。彼女がいるのは、惨劇の現場となったリビングだろう。きっとまだあそこで、泣き崩れたまま立ち上がることもできずにいる。それでも、彼は妹の部屋に向かわなければならなかった。彼が最後に会いたいのは、この幻想の中の彼女だった。  そうして部屋の前に立ち、そのノブに手を伸ばした。せめてひと目、最後にその顔を見たかった。たとえまだ眠っていて、声を聞くことはできなくても。  けれど、彼にそのドアを開けることはできなかった。せめて顔を見ることができれば、自分は心穏やかに最期を迎えることができるのではないかと思っていた。けれど本当に見てしまったら、そのとき自分はどうなるのか。死ぬことが怖くなってしまうかもしれない。別れるのが怖くなってしまうかもしれない。彼女を残して去ることが耐えられなくて、のたうち回りながら力尽きることになるかも。そう考えて、ドアを開けることを諦めた。その代わりそこに掌をあて、最後に話しかける。
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