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ごめんよ、弥生。お前をひとりにしてしまって、本当にごめん。でも……俺はそれでも、お前に生きてほしかったんだ。俺たちの分まで、なんて言わない。せめてお前はお前の分だけ、これからも生きてくれ。もう、俺たちのところに来たいなんて言わないでくれ。
「ごめんな……」
最後にもう一度そう繰り返して、護はドアを離れた。そうしてまたよろめきながら、自分の部屋に向かう。
ドアを開け、転がるようにベッドに身を横たえた。それが限界だった。もう、指先ひとつ動かせそうにない。ふたつの深い傷口からは、今もぽろぽろと命が溢れ出ていっている。もうとっくに空っぽなのではないかと思えるのに、まだこんなに残っているのかと驚くほどに、ぽろぽろと。人間というのは思った以上に、身の内に血液を溜め込んでいるものなのだな。そんな馬鹿みたいなことに、護は感心していた。
もう何も見えない、何も聞こえない、完全な闇と静寂の中で、ただ彼の息遣いだけが響いていた。どこかで引っ掛かったような、ノイズ混じりの不規則な吸気音が、まるでところどころが毛羽立って切れかかった糸のように思えた。
「なあ……成田修司」
そう、彼はまた呼びかけてきた。いや、もしかしたらそれは声ではなかったかもしれない。彼にはもう、声を出すほどの力も残っていないはずだから。辛うじて唇がそう動いているだけ。それでも俺には、その声がはっきりと聞き取れた。
「まだ、いるんだろう……聞こえるか」
何だよ、と俺は訊き返す。年下のくせに呼び捨てかよとも思ったが、考えてみれば誕生日は一緒だった。
「ごめんな。せっかく……色々と、教えてもらったのに……結局、こうしかならなかったよ」
まあ仕方ないさ。お前にしてはよくやったほうだろ。
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