3 九月二十六日(二日目)

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 しかし最も様子がおかしかったのは、永沢志津代だった。たったひと晩で、明らかに憔悴しているように見える。足元もおぼつかなく、ゆらゆらと身体を揺らしている。体の前できつく握り合わせた拳は細かく震え、目だけがきょろきょろと落ち着かなげに彷徨っていた。  この女のことなど気にする謂れはなかったが、それでもさすがに声をかけずにはいられなかった。「おい……あんた、大丈夫か?」 「はい……あ、はい、まあ……」  俺の問いかけも、聞こえているのかいないのか。焦点の合わない目をちらりとこちらに向けて、小さく会釈を返してきた。吉瀬はそんな彼女の様子を横目で窺って、何かを合点したように「ふん」と鼻を鳴らす。しかし見せた反応はそれだけで、あとは彼女を気遣おうともしなかった。  朝食を終えると、弥生はまた自室へ戻って行った。どうしろという指示も何もなしに。どうやら夜まで自由にしていいというのは本当だったらしい。  とはいえやることがあるわけでもなし、俺はあてがわれた部屋に戻った。迂闊に歩き回って、また橋口みたいのに出くわしても困る。出くわすだけならともかく、あの男にこの場所を知られたらもっと厄介なことになる。それなら、大人しくしているに越したことはなかった。  とはいえ、夜までただ天井を見て過ごすというのもあまりに非生産的過ぎた。兄が消えて母が入院し、借金の返済に追われるようになってもう五年以上だ。その間、息つく間もなく金を稼ぐことに奔走してきた。おかげでいつの間にか、時間の潰しかたが下手になってしまったようだ。いざ何もしなくてもいい時間というものができると、どうしたらいいのかわからない。  やむなく部屋を出て、家の中を見回ってみることにした。昨日の吉瀬のようにそれぞれの私室にまで入って行く気はないが、それでもある程度この家のことを把握すれば、奇妙な『仕事』について、つまりは真島弥生の目的について何かわかるかもしれない。むろん、犯罪がらみでなく金になるのでさえあれば、そんなものはわからなくても構わない。けれどやはり、気になるものは気になってしまうのだ。
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