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「ここのコーヒー好きなんですよ」
そういって目の前の男はシロップとお砂糖を全て入れた後、カップに口をつけました。少し長めですが手入れがされている髪に清潔感のあるシャツとパンツ姿。三十代くらいでしょうか。穏やかに微笑む眼鏡の奥の瞳は三日月形に細められています。
「あの、ここでよかったんでしょうか」
平日とはいえ店内には結構な数のお客が入っていました。奥の席では不良学生達がドリンクバーを片手に騒いでいます。
「こういった場所の方が緊張せずに話せるかと思いまして。それより、ハナさんもなにか注文したらいかがですか」
柔らかすぎてなんだか眠くなるような声でした。彼女の名前を借りて名乗っていたことを思い出しました。ぱっと決められなかった私は彼と同じコーヒーを頼みました。運ばれてきたコーヒーは香りが薄い安物のインスタントコーヒーのような味でした。
「メールでもお伝えした通り、今日はお話をしましょう。それで、ハナさんの決断が揺るがなかった場合は次回決行しましょう」
「あの、いつもこうやっているんですか。いえ、ダメとかではなくて大変ではないですか?」
好きでやっていることですから、と彼は笑った。
「僕が知りたいだけなんです。どんな悩みを抱えていて、どうしてその決断に至ったのか。それに話を聞いてやっぱり考え直すってパターンもありますし、そうなったら僕としても願ったりです」
「え、あの、やりたくてやってるわけではないんですか」
「僕の目的はあくまで、救いです」
優しい人と言った彼女の声が頭の中で蘇りました。彼女が言った通りなのかもしれません。それを抜きにしても、目の前の彼は犯罪を起こす悪人には見えませんでした。彼は小腹が減りましたねといって店員を呼んであれやこれやと注文しました。私が決められない人間だと分かったのかもしれません。
「それで、失恋ですか?」
突拍子もない質問に私は首を傾けました。
「違いましたか。いえ、生徒と話す時は、こういった話題から入った方が円滑に進んだもので」
せいと。
「ほんとに先生だったんですね」
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