ハナの貌

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「もう元ですが、高校の国語の教師をやっていました。辞めてからは父が経営している小さな本屋で働いています」 「そ、そんなに個人情報を教えてだいじょうぶなんですか」  ははっとセンセイはおかしそうに笑いました。 「ハナさんは心配性のようですね。相手のことを聞きたいときはまず自分からというのでそれにならったのですが。そうですね、一つ言っておきますと、僕は捕まることに関してはまったく恐れていません。一番怖いのは僕を頼ってくれた子が一人寂しく消えてしまうことです」  優しい言葉なのにその目はどこか冷たくなんの感情も窺えませんでした。 「あの、さっき言っていたコイって私よく分からないんです。分からないんですが強制されられるから嫌いです」 「強制、ですか」 「好きな人の有無を聞かれたときに誰かしら答えないと場の空気を悪くしてしまうんです。それで適当に名前をだしたら無理やりくっつけられたことがありました。すぐに別れましたが、今思い出しても気持ち悪いです」 「女の子同士だとそういうこともあるんですね。周りを優先させるのはあなたが優しいからこそだと思いますが」 「……違います、自己判断ができないだけです」  センセイは運ばれてきたポテトを備え付けのフォークで刺しながら口運びました。 「ハナさんは、とても自己評価が低いんですね。会話中もあのと相手をうかがう言葉が多かったですし自分に自信が持てないのではないかと思います。理由はイジメですか」  イジメ。頭の中に机の上と引き出しいっぱいに突っ込まれていた黄色いパンジーの花を思い出しました。イジメ、だったのでしょう。連日続いている飛び降りや首つりなどの女子高生の死体の近くに必ず置いてある黄色のパンジー。その事件をもじっておいたんだと思います。嘲笑の中、教室のゴミ箱の中に捨てましたが、机に人殺しと掘るのは行き過ぎでした。警察は自殺と他殺の両方で捜査を進めているそうですが好奇心旺盛なクラスメイト達は他殺だと信じ切っているようでした。 「センセイのせいです。私名前がすみれなので、それで」  一人の馬鹿なクラスメイトがパンジーももとはすみれなんだとかつまらない雑学を自慢げに披露したのが発端でした。  みなまで言わなくてもセンセイには伝わったようでした。穏やかな笑みを浮かべたまま少しだけ眉間にしわが寄りました。
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