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「さきほど、友人が亡くなられたのが動機だとおっしゃられていましたが、その方はイジメをとめようとはしなかったんですか」
歩き始めてから五分ほど経った後、センセイは私にそう尋ねました。
「彼女はいつも見ているだけでした。でも、それは仕方がないんです。彼女まで辛い思いをする必要はないんですから。誰もいない時に私のことを気遣ってくれるそれだけで十分でした」
「そういうものなんですね」
「そう、だから私は彼女には傍観者でいてほしかったんです。悪者にも正義の味方にもなれず、自分の良心が痛んだ分だけ人にやさしくする。そんな彼女が大好きだったんです」
それに、私に危害を加えていた首謀者の女の子はもういなくなってくれたんですから。だから日中彼女と人目を気にせずとおしゃべりしたりペアを組む時に誘ったりできることをとても楽しみにしていました。なのに彼女は。
私は一つの信号機の前で立ち止まりました。
「ご友人はここで?」
地面には味気ない花たちが所狭しと並びたてられていました。私が置いた黄色いパンジーはどこにもありませんでした。誰かが捨てたんでしょう。
「交通事故でした。赤信号なのに飛び出して、トラックにはねられて死んでしまいました」
白線ぎりぎりにそえられたローファー。曲がり角から○○運輸と印字された大きなトラックが近づいてきて、それと同時にふわりと前に浮きあがった細い背中。一瞬こちらに向いた彼女は私に何かを告げた後、百メートル先まで吹き飛びました。血だまりの中で彼女の長い髪がメドゥーサのように泳いでいるのが見えました。
「彼女はセンセイのことをいい人なんじゃないかといってました。自殺を望んだ子たちの不幸を悲しんで幸せを望んで手助けをしているんだと」
「僕はいいひとではありませんよ」
唇の端から空気がもれたようにセンセイは短く笑いました。
「何も面白くもない人生でしたが、生まれてこの方僕は死にたいと思ったことはないんです。生に執着があるわけでもありませんが、それでも死を自ら選ぶ理由が分からない。探せば幾多の逃げ道があるにもかかわらずなぜ生から逃げるのか、その理由が知りたいんです」
「逃げ道、なんてないんです」
「そうですね、どうしても見つけられないという方には、仕方がないので僕という逃げ道を渡します。自ら死を選ぶのはとても重い罪です。しかしそれを殺されたに変換しますと、全てその殺人犯が悪いことになります。誰も亡くなった子たちのことを悪くはいわないでしょう」
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