ハナの貌

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 思わず笑ってしまいました。自分のことを人殺しだとセンセイは言っていましたが、やはり合意の上の殺しは普通の殺人とは異なると思います。ほんとうの罪は自分の都合だけで相手を傷つけてしまう行為――。そこであの時の彼女の言葉を思い出しました。 ――ごめんなさい。  そう、あの時彼女の瞳は私を憐れんでいました。怒るでもなく怯えるでもなく。  すみれちゃん。すみれちゃん。  どこからか優しい声が聞こえます。  すみれちゃん。  ベランダの向こうからその声は聞こえました。  すみれちゃん。  ベランダに降り立ち、地上を見下ろすとぼんやりと小さく光る街灯が見えました。うちは六階です。ここから落ちたら死ねるのでしょうか。ぼんやりとした頭で身を乗り出しました。 もう少し、もう少しで。しかしあと一歩のところでおなかの底が冷たくなって一気に怖くなってしまいました。あんなに死にたかったのに震えが止まらなくなりました。 「おして、背中をおしてよ――はなちゃん」  ごめんなさい。  その言葉はほんとは私が言わなければいけなかったんじゃないでしょうか。私のかわりに彼女が言ってくれたのではないですか。足に力が入らなくなり、私はその場に座り込みました。今まで一度も感じたことがない温かいものが次から次へと目からあふれ続けました。  ひとしきり泣いた後、私は自分の部屋へ戻り、センセイのメールを消しました。  私にとっての小さな幸せはきっと、自分の力でこれから探すところから始まるのでしょう。黄色い花の中の黒い顔はなんだか笑っているように見えました。
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