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顔のないアイツ
自分の認識の外にいるものは、いつもこちらを見ている。
怖い話が好きな俺は、毎週水曜日に放送されているラジオ番組をその日もかけた。
眼鏡を外し欠伸をする。眠くて、本当なら早く床につきたいものだ。しかし、宿題の提出が明日だと夕食後に気付き、それでもダラダラとテレビを見てしまった。今日にはじまったことではないが。
英語の問題集を解きながらいつものように聞いていると途中でノイズが入る。
「あれ?電波が悪いのかな。壊れたとかいうなよ」
祖父から貰った古いラジオだったので壊れかけている可能性も高い。しかし、何回か叩いてみると元通りはっきりと聞こえる。
『今日のお便りにいきましょうか。え〜サバイバルわっしょいさんから頂きました怖い話』
「久しぶりだな、この人」
サバイバルわっしょいさんはよくラジオ番組に怖い話を送る古株の一人だった。
『あなたのほしい、です』
いかにも使いふるされたタイトルだった。
★★★★★★
ラジオの内容は以下の通りである。
一週間前に僕に起こった恐ろしい出来事である。
友人二人といつものように酒を飲みながら話していた時のことだ。ここでは僕をA、友人をB、Cとします。
「そういえばこんな話聞いたんだけどさ」
「なになにBくん、新しい怪談話を仕入れたの?」
大学のホラー研究会に所属していたBは、部活内で披露された話を教えてくれたりする。
「噂だけど自分とほぼそっくりな人間が出現する現象が起きてるらしいんだ」
「それってドッペルゲンガー?」
「それが顔の形や服装だけ見ると本人に見えるらしいんだけど、顔が無い」
「じゃあそのドッペルゲンガーもどきはオリジナルの顔を狙って夜な夜なやって来るわけ?」
ホラー話としては珍しい展開ではなく、ビールを口に含む。
「夢の中に出て取り合いしましょと話しかけてきて、勝負することになるんだ」
Bくん曰く勝負は絶対受けなければならず、三つの箱を開けるそうだ。
三つの箱のどれかには自分の体の一部が入っており、どれが自分のものなのか当てなければならないらしい。
更にゆっくり考える暇はなく、顔の無いドッペルゲンガーもどきと本物を取り合うことになるのでほぼ勘である。
外した場合、自分の選んだ部位の形に変形する。そのため、ドッペルゲンガーもどきに本物を取られてしまったら、ドッペルゲンガーもどきの顔につけられ二度と戻ってこない。
取り合いは三回行われる。
顔の部位が三つ変われば別人だろう。
★★★★★★
俺がラジオでの怖い話をいくつか聞き終えた頃には問題集も解き終わっていた。
電気を消し布団の中へ入れば、あっという間に眠りについた。
俺はパジャマ姿で立っていた。白い小さな床が足元にあり、今から何が起こるか分からない。
すると、口角を上げた男がこちらに向かって歩いてくる。俺は目を見開いた。
「誰、えっ、俺?」
同じパジャマに同じ背丈。髪型もだ。しかし、顔が無い。これが例のドッペルゲンガーもどきか。
「アナタノ、ホシイ」
ドッペルゲンガーもどきが指を指した方向には噂通りの小さな箱が三つ台の上にそれぞれ設置されている。
「大体、のっぺら坊なのにアイツ走れるのかよ」
俺は今陸上部でもなければ走りが速いわけでもない。
箱が開く。中身はギリギリ見える距離だった。心臓がバクバクする。
1回目は耳だ。
「俺には拒否権無いか」
さっと三つの耳を見ると左からピアス付きの普通の耳、福耳、爛れた耳。
二つの道の左側は俺の道だ。狙うのは左端の耳。
赤い線にお互い立つ。
「3!」
「え」
相手は大きな声で数え始めた!
「2!」
「やる気十分じゃねえか」
「1!」
ゼロと言い終わったか分からない内に走り出す。道は真っ直ぐだ。耳がある台までの道の幅も走ってバランスを崩す程ではない。
(行ける!このまま左端!)
手を伸ばした時、横から腕が伸びてくる。
「何⁈」
先に掴むことが出来たが、生暖かく柔らかい感触が実物のようで嫌だった。すぐに胸ポケットに入れる。
ドッペルゲンガーもどきは気にしていないようで一番右の耳を顔にくっつけてから元の場所に戻っていった。
(何だろう。何か違和感が)
俺も道を引き返し再び赤い線の位置についた。
2回目は鼻だ。
左から腫れた鼻、大きい黒子のある鼻、高い鼻だ。
(次は一番右端。最悪だ。あっちの方が近い。それならまだマシな真ん中の鼻を取った方がいいかもしれない)
「3!」
ちらっと横を見ると先程までなかった耳が付いていた。
(アレは福耳。まさかさっき真ん中にあったやつか?)
「2!」
(それに腕が俺より筋肉質だ)
「1!」
二人は同じタイミングで走り出す。
(コイツ、さっきより速いぞ!)
地面を強く蹴り、脇を締め細い道を走る。
道を渡り終わる前に隣に飛び移り真ん中の台の前を陣取らなければならない。
(本物を取る筈だからコイツはきっと右端に行く)
俺は真ん中の鼻に向かって手を伸ばした。しかし、視界の端に大きな口を開け、手を伸ばしてくる。
(そっちがその気なら!)
肘を相手の顔に当てにいき、確かに殴った感触がした。ふらついたのを見て俺は確信する。
「いける!左端に!」
後ろに倒れていく相手を押しのけるがごとく手を伸ばし指先が触れる。同時に痛みが二の腕に走った。
「ぁああ!」
(ギザギザな歯が二の腕にかぶりついているではないか!)
落ちる鼻を何とかキャッチし勝利したが、冷や汗でうすら寒い。
「誰がドッペルゲンガーだって?全然違うじゃないか」
鋭い牙に血のついた唇。アスリートのようなふくらはぎに笑ってしまいそうになる。
「お前、誰だよ」
「アナタノ、ホシイ。アナタガホシイモノ、ホシイ」
「次は負けないって?」
頭の中に一つ疑問に思っていたことが、アイツの台詞で分かった。
何故、本物の鼻を取らずに真ん中に飛びついたのか。
「利用しない手はないな」
先程より速く走られるのは確実だ。何か策を打たなければ負ける。二の腕から血が垂れていく。負傷しているのも俺には分が悪い。
「はったり勝負だな、これは」
パジャマのズボンを脱ぎ傷口に巻いてから道を引き返す。相手は姿を取り繕う気もなく、ただ俺のものを奪おうとする生き物だった。
「俺は真ん中を狙う」
ラストは口。
左から順に青黒い唇、薄い唇、たらこ唇。
「3!」
「この取り合い対決は三連勝させてもらうからな」
「2!」
俺は走る体勢に入る。
「1!」
足を一歩出しながら横を見た時、相手は少し先にいた。
(さっきより歩幅が大きい。追い抜かせなくても差が小さければ勝機がある!)
走って落ちない道の幅とはいえ、白い道の両端を落ちれば奈落の底だ。
先に辿りついたのはアイツだった。しかし、滑って身体が傾いている。床には血が広がっていた。
(よし、滑ったな。噛んだのはお前だから自業自得だ)
俺も道を渡りきり、床に気をつける。アイツは予想通り立ち止まって俺を見ていた。
「やはりな。俺より先に俺の身体の一部を取ることも目的じゃないだろ?」
ゆっくり真ん中の台に近づく。
「俺が顔を完成してから奪う気なんだよな。お前が俺の避けたものを選んで取り込んでたのも気になっていたんだよ。事故か何かで耳でも爛れたか?」
「・・・」
何も言わないが笑った気がした。
俺は自分の口を取らなければならない。
そして、揃った後何とかしてコイツから逃げ切らなければならない。
夢の中から抜け出す方法は分からないが、容易くくれてやる気は毛頭なかった。
「これは俺のモノだ!」
俺は左手で一番左端に置いていた青黒い唇を掴みアイツの顔目がけて投げる。そして、右手で自分の口を掴んだ。
しかし、顔面に当てられたコイツはすぐさま俺の方に襲いかかってくる。
(一か八か。俺の傷一つない顔が欲しいなら)
「これでどうだ」
俺は爪を立て思いっきり顔を引っ掻いた。爪を切っていなかったのが幸いだが、ピリッとした痛みがはしる。
少し怯んだと感じコイツの足に蹴りを入れた。
「残念だったな」
逃げるぞ。
そう思ったが次に見た景色は見知った天井だった。
結局アイツは何だったのだろうとベッドの上で考えつつ、服を着替えた。
自分の身に降りかかった出来事はただの夢だった気がしてきた。
「あっ」
おそるおそる鏡を覗くと頰に引っ掻き傷があった。
(夢じゃない、のか)
アイツから逃げ切れたのか、それとも今夜の夢にも現れ再び取り合いする羽目になるか分からない。
だが、目下考えなければいけない事がある。
「この引っ掻き傷、なんて言い訳しようか」
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